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東京地方裁判所 平成6年(ワ)19150号 判決

原告・反訴被告 国

代理人 大野重國 齋藤繁道 小沢満寿男 竹田御眞木 浜秀樹 小原一人 笠原久江 根原稔 ほか七名

被告・反訴第一事件原告 小林記録紙株式会社

被告・反訴第二事件原告 大日本印刷株式会社

被告・反訴第三事件原告 トッパン・フォームズ株式会社(旧商号 トッパン・ムーア株式会社)

主文

一  被告(反訴第一事件原告)小林記録紙株式会社は、原告(反訴被告)に対し、三億四六一九万三〇五〇円及び別紙1〈略〉内金目録1(1)内金額欄記載の各金員に対する同目録(1)起算日欄記載の日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告(反訴第二事件原告)大日本印刷株式会社は、原告(反訴被告)に対し、二億八八九〇万九九五〇円及び同目録(2)内金額欄記載の各金員に対する同目録(2)起算日欄記載の日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  被告(反訴第三事件原告)トッパン・フォームズ株式会社は、原告(反訴被告)に対し、八億二五二九万九九九六円及び同目録(3)内金額欄記載の各金員に対する同目録(3)起算日欄記載の日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

四  原告(反訴被告)のその余の請求並びに被告(反訴第二事件原告)大日本印刷株式会社、被告(反訴第一事件原告)小林記録紙株式会社及び被告(反訴第三事件原告)トッパン・フォームズ株式会社の各反訴請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、被告(反訴第二事件原告)大日本印刷株式会社、被告(反訴第一事件原告)小林記録紙株式会社及び被告(反訴第三事件原告)トッパン・フォームズ株式会社の負担とする。

六  この判決は、第一項ないし第三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

(本訴)

一  被告(反訴第一事件原告)小林記録紙株式会社(以下「被告小林記録紙」という。)は、原告(反訴被告、以下「原告」という。)に対し、三億六三八三万五三九一円及び別紙2〈略〉内金目録2(1)内金額欄記載の各金員に対する同目録(1)起算日欄記載の日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告(反訴第二事件原告)大日本印刷株式会社(以下「被告大日本印刷」という。)は、原告に対し、三億〇四一四万六〇四八円及び同目録(2)内金額欄記載の各金員に対する同目録(2)起算日欄記載の日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  被告(反訴第三事件原告)トッパン・フォームズ株式会社(以下「被告トッパン・フォームズ」という。)は、原告に対し、八億五四七四万三一八八円及び同目録(3)内金額欄記載の各金員に対する同目録(3)起算日欄記載の日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(反訴第一事件)

原告は、被告小林記録紙に対し、八一四一万四一〇一円及びこれに対する平成五年三月三一日から支払済みまで年八・二五パーセントの割合による金員を支払え。

(反訴第二事件)

原告は、被告大日本印刷に対し、四億二七五九万二六五五円及び内金八二万六二六六円に対する平成四年一〇月三〇日から、内金一億九一一六万二五四一円に対する同年一一月二三日から、内金八二万六二六六円に対する平成五年一月二六日から、内金二億三四七七万七五八二円に対する同年三月二五日から各支払済みまで年八・二五パーセントの割合による金員を支払え。

(反訴第三事件)

原告は、被告トッパン・フォームズに対し、二億五七一四万四四三三円及びこれに対する平成五年四月二四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、平成元年八月から平成四年九月までの間、合計一九回にわたり、厚生年金保険等の年金受給者に対して支払通知等を行うための葉書に貼付する支払通知書等貼付用シール(以下「本件シール」という。)を指名競争入札の方法により発注した原告が、これを落札する際に被告らを含む五社の談合行為があったことを理由として、被告らとの間の各契約が無効であるとして、被告らに対し、不当利得(民法七〇四条)に基づき、支払済みの代金の一部返還及び利息の一部支払を求めたのに対し、被告らが、右各契約はいずれも有効であるとして、原告に対し、未払残代金及び遅延利息(損害金)の支払を請求する事案である。

一  争いのない事実等(括弧内に証拠等が掲記された事実は、同証拠等によって認められる事実であり、その余は当事者間に争いがない事実である。)

1  当事者

原告は、厚生省の外局として、厚生年金保険事業、国民年金保険事業などを運営することを任務とする社会保険庁を設置している(国家行政組織法三条二項、四項、厚生省設置法一〇条、一一条一項)。

被告小林記録紙は、記録紙の製造及び販売等を目的とする株式会社である(〈証拠略〉)。

被告大日本印刷は、製版、印刷及び製本並びにその製品の販売等を目的とする株式会社である(〈証拠略〉)。

被告トッパン・フォームズ(旧商号「トッパン・ムーア株式会社」平成九年四月一日商号変更)は、各種の帳票類の製造及び販売等を目的とする株式会社である(〈証拠略〉)。

2  被告らの談合及び本件各契約の締結に至る経緯等

(一) 国民年金及び厚生年金の受給者に対する支払通知や振込通知等は、従来、葉書に金額を印刷してそのまま郵送されていたが、これがプライバシーの侵害に当たるのではないかと国会等において問題にされたため、社会保険庁は、平成元年三月ころ、本件シールを採用することとした(本件シールは、右葉書の支払額や振込額の金額欄の上に貼付するものであり、一度はく離すると再び貼付できない機能を持たせ、第三者がその金額欄を見ることを間接的に防止するものである。本件シールは、これを貼付する葉書の金額欄の大きさが年金の種類によって異なることに対応して、Aタイプ(縦五〇ミリメートル、横七二ミリメートル)、Bタイプ(縦五六ミリメートル、横七二ミリメートル)及びCタイプ(縦七五ミリメートル、横七二ミリメートル)の三種類の大きさがあった(以下それぞれ単に「Aタイプ」「Bタイプ」「Cタイプ」という。)(〈証拠略〉)。

(二) 社会保険庁は、本件シールを、指名競争入札の方法により発注することとした。

右指名競争入札に当たっては、支出負担行為担当官(社会保険庁総務部経理課長)が、受注を希望する業者のうち一定の資格要件を満たす者として厚生省の登録をあらかじめ受けた者の中から入札の参加者を指名することとされており、被告ら及び株式会社ビーエフ(以下「ビーエフ」という。)の四社が指名された。

社会保険庁は、平成元年六月二六日、本件シール調達のために同年八月八日午前一一時を入札書の受領期限とし、開札日時を同月九日午後二時として指名競争入札を行う旨の官報公示を行い(〈証拠略〉)、同月四日に入札説明会を実施した。被告ら及びビーエフはいずれも指名業者として右指名競争入札に参加することとした。

(三) 被告ら及び株式会社日立情報システムズ(旧商号「株式会社日本ビジネスコンサルタント」平成元年一〇月現商号に変更、以下「日立情報」という。)は、昭和五〇年ころから、社会保険庁の印刷業務に関して談合を行っており、昭和五八年ころからは、被告小林記録紙の従業員星野佳昭(以下「星野」という。)が右談合の幹事役となっていたところ、星野を含む被告ら及び日立情報の各担当者は、前記入札説明会の後の平成元年八月上旬ころ、本件シールの受注について談合をすべく、被告小林記録紙東京支店の会議室に集まって検討した(なお、入札に参加する業者として指名されたのは、前記のとおり、ビーエフであったが、同社は、日立情報が受注・販売する商品等を製造して同社に納入することなどの目的で設立された会社であり、従来から日立情報が営業活動を行い、ビーエフが商品を製造するという役割分担がされていたところ、ビーエフの担当者は、本件シールの受注等についても日立情報に委ねることとしたため、日立情報の担当者が右談合に関わっていた。)。その結果、被告ら及びビーエフが今後本件シールの入札に参加するに当たっては、「回し」と呼ばれる方法(落札した業者が、その受注した印刷業務等を入札に参加した他の指名業者等に順次下請・孫請させたとする伝票の操作を行って、その発注代金の支払を小切手により直ちに決済し、談合に基づく落札によって得た利益を下請受注利益(受注代金と発注代金の差額)との名目でそれぞれの業者に配分するとともに、各業者に売上げ実績をも発生させる方法)を採用することとし、被告ら及び日立情報の営業担当者らが事前に話合いを行い、「名義を取る業者」と呼ばれる落札予定業者、「仕事を取る業者」と呼ばれる実際に印刷業務を担当する業者、「中に入る業者」などと呼ばれる、伝票の操作によって下請又は孫請受注し、入札によって得た利益を下請受注利益の名目で得る業者(このように伝票上の操作だけで下請又は孫請受注した形とすることは「中通し」などと呼ばれていた。)を決めること、「名義を取る業者」はおおむね受注額の一〇パーセント、「中に入る業者」はその受注額の四パーセント以上の額をそれぞれ利益として得ること等を談合協定し(なお、実際の印刷業務は、落札した業者が行う場合(「名実を取る」と呼ばれていた。)と落札した業者以外の業者が行う場合があった。)、また、同月九日実施の各入札についてそれぞれどの業者が落札するかなどについて決めた(〈証拠略〉)。

(四) 社会保険庁は、平成元年八月九日、本件シールの発注について最初の三回の入札を実施し、被告らは、右談合に基づいて入札し、予定どおり落札した。

社会保険庁は、本件シールの発注について、平成四年九月までに(平成元年八月九日の三回を含めて)合計一九回にわたり、被告ら及びビーエフの四社を指名業者とする指名競争入札を実施し、これを受けて、被告ら及びビーエフはいずれもこれに参加し、前記談合協定に基づいてその都度談合を行い、これに基づいて入札した(以下「本件各入札」という。また、本件各入札に関する被告らの各談合を以下「本件談合」という。)。

被告らの本件各入札における落札及び受注の状況は別紙3〈略〉支払通知書等貼付用シールの発注実績表(以下「発注実績表」という。)記載のとおりであり、社会保険庁は、同表契約日欄記載の日に、同表受注被告名欄記載の被告との間に(ただし、同欄におけるトッパン・ムーアという記載は被告トッパン・フォームズを指す。)、次の約定で、本件シール(同表品名(種類)欄記載のタイプのもの)の製造契約を締結した(以下「本件各契約」という。また、同表記載の順に以下「本件第一契約」ないし「本件第一九契約」という。)(〈証拠略〉)。

契約金額   発注実績表契約金額欄記載の金額

数量     発注実績表発注枚数欄記載の枚数

物品納入場所 社会保険庁の指定する場所

納入期限   別紙4〈略〉契約状況等一覧表(以下「一覧表」という。)枚数欄記載の数量について同表納入期限欄記載の日(同表契約番号欄記載の番号は、本件第一ないし第一九契約に対応するものである。)

代金支払方法 社会保険庁は、被告らの適法な支払請求書を受理した日から三〇日以内にその対価を支払う。

支払遅延利息 社会保険庁がその責に帰す理由により対価を支払わないときは、被告らは、同庁に対して年八・二五パーセントの割合で遅延利息の支払を請求することができる。

(なお、被告大日本印刷及び同トッパン・フォームズは、本件各契約は製造契約ではなく納入契約であると主張し、右各契約にかかる契約書には「納入」との記載もあるが、〈証拠略〉によれば、本件各契約は、被告らが一括して他社に本件シールの製造を下請に出すことは予定されておらず、受注・契約した被告らが自ら本件シールを製造してこれを社会保険庁に納入することを前提として締結されたものであったと認められるから、本件各契約は、このような意味において製造契約と認めるのが相当である。)

(五) 被告らは、社会保険庁に対し、本件第一ないし第一六契約に基づき、一覧表枚数欄記載の枚数の本件シール(発注実績表品名(種類)欄の括弧内記載のタイプのもの)を、同各契約に定められた各納入期限内にそれぞれ納入した。

社会保険庁は、平成元年一〇月から、被告らから納入された本件シールの使用を開始した。

社会保険庁は、本件第一ないし第一六契約に基づき、その相手方である各被告に対し、一覧表代金納付期限欄記載の日に同表支払金額欄記載の額の代金をそれぞれ支払った(ただし、社会保険庁は、被告小林記録紙が本件第一六契約に基づく平成四年七月二四日納期分の本件シール一五四三万二〇〇〇枚を納入後、同被告からこれに対応する代金一億五三三八万六三六四円(消費税を含む。)の支払請求書を受け取ったものの、談合の疑いが生じていたことからこれを支払っていない。)(〈証拠略〉)。

(六) 被告らは、社会保険庁に対し、本件第一七ないし第一九契約に基づき、同各契約に定められた各納入期限前後ころ、それぞれ本件シールを納入した。

被告らが右各契約に基づく平成四年九月二五日納期分の本件シールをそれぞれ納入した後、被告トッパン・フォームズはそのころ、同大日本印刷は同月二九日、同小林記録紙は同月末日までに、社会保険庁に対しこれらに対応する代金の支払請求書をそれぞれ提出した(〈証拠略〉)。

3  本件談合に関する公訴提起と被告らによる課徴金納付等

(一) 東京地方検察庁は、平成四年一一月二日、本件各入札のうち平成二年度のものにつき、平成四年一一月二五日、平成三年度及び平成四年度のものにつき、それぞれ指名競争入札に参加していた会社があらかじめ受注予定者を決定するいわゆる入札談合を行っていたとして、東京地方裁判所に対し、指名業者であった被告ら及びビーエフ並びに日立情報の従業員を競売入札妨害罪(談合行為)で東京地方裁判所に公訴提起した。

これに対し、東京地方裁判所は、平成五年三月三〇日及び同年七月九日、右公訴提起にかかる被告人五名にいずれも有罪判決を言い渡した。

(二) 公正取引委員会は、平成五年三月一二日、被告ら及び日立情報に対し、本件談合に関して、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)四八条二項に基づき、受注予定者を決定し、受注予定者が受注できるようにしていた行為を既に取りやめていることを確認しなければならないことなどを内容とする排除勧告を行ったところ、被告ら及び日立情報がこれを応諾したので、同年四月二二日、同条四項に基づき、右勧告と同趣旨の審決をした。

(三) 東京高等検察庁は、公正取引委員会の告発を受け、平成五年三月三一日、東京高等裁判所に対し、平成四年度以降の本件シールの受注に関する本件談合について被告ら及び日立情報を、独占禁止法三条違反の罪で公訴提起した。

東京高等裁判所は、平成五年一二月一四日、右事件について、被告ら及び日立情報をそれぞれ罰金四〇〇万円に処する旨の判決を言い渡し、同判決は確定した(〈証拠略〉)。

(四) 公正取引委員会は、平成五年九月二四日、被告らに対し、本件談合に関して、独占禁止法七条の二、四八条の二第一項に基づき、被告大日本印刷については四一〇九万円を、被告トッパン・フォームズについては九二一一万円を、被告小林記録紙については三七三七万円をそれぞれ課徴金として国庫に納付することを命じた(〈証拠略〉)。

被告らは、いずれも当該事件について審判手続の開始を請求し、同年一一月六日、右手続が開始された。

(五) 公正取引委員会は、平成八年八月六日、被告らに対し、被告らと日立情報とが共同して本件シールの発注についてあらかじめ受注予定者を決定することにより不当な取引制限で商品の対価に係る違反行為をしていたとして、独占禁止法七条の二第一項、五四条の二第一項に基づき、被告大日本印刷については四一〇九万円を、被告トッパン・フォームズについては九二一一万円を、被告小林記録紙については三七三六万円をそれぞれ課徴金として同年一〇月七日までに国庫に納付することを命ずる審決をした。

被告らは、東京高等裁判所に対し、右審決の取消しの訴えを提起する一方、被告小林記録紙は同年九月三〇日、被告大日本印刷及び被告トッパン・フォームズはいずれも同年一〇月七日、それぞれ右審決により命じられた課徴金を国庫に納付した(以下「本件課徴金納付」という。)。

(六) 東京高等裁判所は、平成九年六月六日、右審決取消しの訴えについて、被告ら(右訴えにおける原告ら)の請求をいずれも棄却する旨の判決をし(〈証拠略〉)、これに対する上告審である最高裁判所は、平成一〇年一〇月一三日、原審の判断を正当として上告を棄却する判決をし、これにより右審決は確定した(〈証拠略〉)。

4  社会保険庁の本件談合発覚後の対応等

(一) 社会保険庁の担当者は、平成四年一二月四日、被告らの担当者に対し、書面をもって、〈1〉本件第一七ないし第一九契約に関しては契約変更を行う方針であり、変更契約の内容として本件シール一枚当たりの単価を六円六〇銭で計算している旨、また〈2〉既に代金を支払っている分に関しては平成元年度に締結した各契約については本件シール一枚当たり六円五〇銭として、平成二年度以降に締結した各契約については六円六〇銭としてそれぞれ計算した額との差額の返還を求める旨通告し、同月一〇日までに回答するよう求めた(〈証拠略〉)。

(二) 社会保険庁は、被告らに対し、平成五年三月一一日ころ、本件第一六ないし第一九契約にかかる本件シールについて、同庁が適正な価格とする契約金額(シール一枚当たりの単価を六円六〇銭として算出した額)で新たに契約を締結するとともに、本件第一ないし第一五契約につき、同庁が既に支払った代金に利息を付した額から同庁が適正な価格として算定した額(シール一枚当たりの単価を本件第一ないし第四契約にかかる本件シールついては六円五〇銭、本件第五ないし第一五契約にかかる本件シールについては六円六〇銭としてそれぞれ算出した額)を控除した額を被告らが返還するという取扱いにしたい旨通知し、回答を求めた(〈証拠略〉)。

(三) 社会保険庁は、被告らに対し、平成五年三月三〇日ころ、国の債権の管理等に関する法律一三条一項に基づき、同庁が本件第一ないし第一六契約に基づき支払った代金について、被告らが返還すべき額(社会保険庁が支払った代金に利息を付した額と同庁が適正な価格として算定した額との差額)を算定してその納入の告知を行った(以下「本件納入告知」という。)(被告小林記録紙との関係で〈証拠略〉)。

(四) 社会保険庁の担当者は、平成五年三月三〇日、被告大日本印刷を訪れ、本件第一九契約は無効であるからこれに基づき同被告が納入した本件シールの客観的価格分が社会保険庁の不当利得になっているとして、本来は本件シール全部を返すべきであるがこれを既に使用してしまったため代金を持参したから受領して欲しい旨述べ、本件シール一枚当たりの単価を六円六〇銭として算定した金額に消費税を加えた額及び利息として前記(二)の通知の翌日である平成五年三月一二日から同月三〇日までの一九日間(ただし、同月二四日納期分として納入された本件シール二三八六万八〇〇〇枚については同月二五日から同月三〇日までの六日間)につき六円六〇銭に納入された本件シールの数量を乗じた額に年六分の割合を乗じた額(二億九六〇六万八四九八円)の小切手を持参し、不当利得返還債務について弁済の提供をした。しかし、同被告は、これを同契約に基づく代金の一部支払として受領するとしたため、社会保険庁の担当者は、これを受領拒否と判断し、供託する旨述べて右小切手を持ち帰り、同日、同額を東京法務局に供託した。

同様に、社会保険庁の担当者は、同日、被告小林記録紙に対し一億五六四四万五五九三円の小切手を、同トッパン・フォームズに対し五億七九九二万二〇四四円の小切手をそれぞれ持参し、本件第一六ないし第一八契約は無効であるからこれらに基づいて納入された本件シール(ただし、本件第一六契約については、平成四年七月二四日納期分として納入された一五四三万二〇〇〇枚)の客観的価格分が社会保険庁の不当利得になっているとして、不当利得返還債務について弁済の提供をしたが、右両被告ともこれを代金の一部として受領したい旨述べたため、社会保険庁の担当者はこれらをいずれも受領拒否と判断し、同日、それぞれ同額を東京法務局に供託した(以下、これら三つの弁済の提供を「本件弁済の提供」といい、これら三つの供託を「本件供託」という。なお、本件供託額算定の詳細は別紙5〈略〉のとおりである。ただし、別紙5〈略〉におけるトッパン・ムーアという記載は被告トッパン・フォームズを指す。)(〈証拠略〉)。

(五) 社会保険庁は、改めて本件シールの客観的価格を算定し、別紙6〈略〉原告主張の価格表正当額欄記載の額が正しい価格であるとして、被告らに対し、平成五年一二月三日ころ、返還請求額が減少した分については歳入徴収官事務規程一三条一項により変更後の額で新たに納付書を送付するとともに、増額した分については増額した額について国の債権の管理等に関する法律一三条一項により納入告知書を送付した(〈証拠略〉)。

(六) 原告は、本件訴状において、前記3(一)の平成四年一一月二五日の公訴提起により本件第一六ないし第一九契約に基づく本件シールの受領が法律上の原因を欠くものであることを知り、その日に悪意の受益者になったため、本件供託の供託額は原告が負っていた不当利得返還債務及び利息支払債務よりわずかに(不当利得額に関し、被告小林記録紙について九一万六七六八円、被告大日本印刷について三一〇万七八〇〇円、被告トッパン・フォームズについて六〇五万七三六六円、利息額に関し、被告小林記録紙について二一四万八九一六円、被告大日本印刷について一八四万五〇二七円、被告トッパン・フォームズについて四五四万八二八三円)不足していたとして、

(1) 被告小林記録紙に対し、原告の同被告に対する本件第四契約に基づき支払った代金についての不当利得返還請求権の利息請求権を自働債権とし、同被告の原告に対する、同被告が本件第一七契約に基づき平成四年九月二五日、同年一一月二二日、平成五年一月二五日、同年三月二四日各納期分としてそれぞれ納入した本件シール(合計七五一万二〇〇〇枚)の客観的価格相当の各不当利得返還請求権をいずれも受働債権として、

(2) 被告大日本印刷に対し、原告の同被告に対する本件第三契約に基づき平成二年一月二二日に支払った代金についての不当利得返還請求権の利息請求権を自働債権とし、同被告の原告に対する、同被告が本件第一九契約に基づき平成五年三月二四日納期分として納入した本件シール(二三八六万八〇〇〇枚)の客観的価格相当の不当利得返還請求権を受働債権として、

(3) 被告トッパン・フォームズに対し、原告の同被告に対する本件第一、第二契約に基づき平成元年一〇月一九日、同年一一月三〇日及び平成二年一月二二日にそれぞれ支払った代金についての各不当利得返還請求権の利息請求権を自働債権とし、同被告の原告に対する、同被告が本件第一八契約に基づき平成五年三月二四日納期分として納入した本件シール(二三二八万枚)の客観的価格相当の不当利得返還請求権を受働債権として、

それぞれ対当額で相殺する旨の意思表示をし、本件訴状は、平成六年一月一二日被告トッパン・フォームズに、同月一三日被告大日本印刷及び同小林記録紙にそれぞれ送達された。

5  原告及び被告らの各請求額等

(一) 原告は、本件各契約が被告らを含む五社の談合行為(本件談合)によるものであるから入札に関する条件に違反し、又は公序良俗違反であって無効であるとして、不当利得に基づき、代金として支払った利得金のうち、被告小林記録紙に対しては三億六三八三万五三九一円及びこのうち別紙2〈略〉内金目録2(1)内金額欄記載の各金員に対する各代金として支払った後である同目録(1)起算日欄記載の日から各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による利息の支払を、被告大日本印刷に対しては三億〇四一四万六〇四八円及びこのうち同目録(2)内金額欄記載の各金員に対する各代金として支払った後である同目録(2)起算日欄記載の日から各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による利息の支払を、被告トッパン・フォームズに対しては八億五四七四万三一八八円及び同目録(3)内金額欄記載の各金員に対する各代金として支払った後である同目録(3)起算日欄記載の日から各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による利息の支払をそれぞれ求めている(原告は、本件納入告知が、原告の被告に対する本件シール代金相当額の各不当利得返還請求権をいずれも自働債権とし、これらに対応すべき被告らの原告に対する本件シールの客観的価格相当額の各不当利得返還請求権をいずれも受働債権として対当額により相殺する旨の意思表示であると主張し、自ら本件シールの客観的価格相当額を算出してこれを控除して請求しているものである。)(本訴)。

(二) 被告小林記録紙は、原告に対し、本件第一六及び第一七契約に基づき、代金のうち八一四一万四一〇一円及びこれに対する弁済期後(本件供託の翌日)である平成五年三月三一日から支払済みまで約定の年八・二五パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めている(反訴第一事件)。

(三) 被告大日本印刷は、原告に対し、本件第一九契約に基づき、代金四億二七五九万二六五五円及び内金八二万六二六六円に対する弁済期(社会保険庁に対し支払請求書を提出した日から三〇日を経過した日)の翌日である平成四年一〇月三〇日から、内金一億九一一六万二五四一円に対する弁済期の翌日である同年一一月二三日(同被告は、原告が同年一一月二二日納期分に対応する代金を支払わないことが明らかであったから、支払請求書を交付していないものの、右納期の翌日に代金支払債務が遅滞となる旨主張する。以下の二つの遅延損害金の起算日についても同様である。)から、内金八二万六二六六円に対する弁済期の翌日である平成五年一月二六日から、内金二億三四七七万七五八二円に対する弁済期の翌日である同年三月二五日から各支払済みまで約定の年八・二五パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めている(反訴第二事件)。

(四) 被告トッパン・フォームズは、原告に対し、本件第一八契約に基づき、代金のうち二億五七一四万四四三三円及びこれに対する弁済期後である平成五年四月二四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めている(反訴第三事件)。

二  争点

1  本件各契約は無効か。

(一) 原告と被告らは、本件各入札に先立ち、入札に関する条件に違反した入札(談合による入札)を無効とする旨の合意(以下「本件合意」という。)をしたか。

(二) 本件各契約は公序良俗違反か。

2  原告は本件各契約を追認したか。

3(一)  原告が本件各契約の無効を主張することは信義則違反か。

(二)  原告は本件各契約の代金支払当時に代金債務の不存在を知っていたか(非債弁済の成否)。

4  被告らの原告に対する不当利得返還請求権の額(納入された本件シールの客観的価格)

5  本件課徴金納付により被告らの不当利得が消滅ないし減少したか。

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1(一)(本件合意の成否等)について

(原告の主張)

(一) 入札の無効

社会保険庁の契約担当官等は、本件各入札に先立ち、被告らを含む指名業者に対し、連合(談合)した場合の入札は無効とする旨記載された入札者心得書を提示し、予算決算及び会計令七六条に基づいて入札に関する条件に違反した入札は無効とする旨公告するとともに、その書面の写しを交付して右合意に向けた申込みをし、被告らは、右入札に関する条件を知りながら本件各入札に及んだ。

予算決算及び会計令七六条が「入札に関する条件に違反した入札は無効とする旨を明らかにしなければならない」と規定する趣旨は、入札予定者に対し、入札に際し最低限遵守しなければならない極めて基本的な条件の遵守を要求し、これに違反した場合には国家としては入札の効力を全面的に否定する意思があることをあらかじめ告知し、この条件を承諾できない者を入札から排除することにある。そして、入札希望者は、入札の際、右条件の意味やこれに違反した場合に国が公益的観点から入札を無効とする強固な意思を持っていることを当然に理解し、これを前提とした上で入札を希望しているのであるから、条件違反の場合には入札が無効となることを覚悟し、これを容認して入札に参加したというべきである。

したがって、社会保険庁と被告らは、同庁が示した入札に関する条件に違反した入札をした場合にはこれを無効とする旨の合意をしたというべきである。

そして、本件各入札は、本件談合に基づいて行われ、右条件に違反しているから、無効である。

(二) 入札が無効であるときの契約の効力

(1) 入札の無効は契約の申込みの無効を意味するから、本件各契約の申込みはいずれも無効であり、その後に形式的に契約書が作成されたとしても、本件各契約は無効である。

(2) 仮にそうでないとしても、入札の無効は予約の申込みの無効を意味するから、本件の各予約は無効であるところ、予約と本契約は不可分な関係にあり、予約が無効であればこれを前提とする本件各契約も無効である。

(被告らの主張)

原告主張の入札者心得書の記載及び公告の事実は認めるが、原告主張の合意は否認し、その法的な主張は争う。

単に被告らが右入札者心得書記載の条件を知って入札に及んだというだけでは、被告らが右条件について黙示的に合意していたということにはならない。むしろ、本件各契約及びそれ以前の社会保険庁の印刷関係の入札において、被告らが長期にわたり談合による入札を行い、落札者が同庁と契約を締結し、その履行をしてきたという事実からすれば、被告らが右条件によって入札が無効とされることを黙示的に承諾して入札を行ってきたということはできないから、本件においても、被告らが原告主張の合意に対応する意思を有していたと解することはできない。

また、後記のとおり、社会保険庁は、本件各入札において指名業者に選定した被告らが談合を行うであろうことを知り、あるいは容易に推測できたところであり、事実上談合行為を容認してきたものと考えられるから、社会保険庁の契約担当官は、談合による入札を無効とする意思そのものを有していなかったというべきである。したがって、原告主張の合意が成立する余地はなかった。

2  争点1(二)(公序良俗違反)について

(原告の主張)(なお、争点1に関する(一)及び(二)の各主張は、本件各契約の無効原因として、選択的に主張するものである。)

(一) 法律行為が無効となるか否かについては、当該契約により生ずべきものとされている権利義務ないし法律関係そのものの内容だけでなく、法律行為の全体の内容・態様等を広く考察し、当該法律行為に無価値判断を下すべきかどうかで決せられるべきであるから、本件各契約が公序良俗に違反して無効であるか否かは、談合とこれに基づく入札や契約が一体として機能しているといった社会的実態を踏まえた上で、社会一般のこのような談合、その後の不正な契約といったものに対する評価等を総合考慮して判断すべきである。

(二) 入札の予定価格の積算に対する工作

社会保険庁は、かねてから財団法人建設物価調査会発行の雑誌「物価資料」(以下「物価資料」という。)に記載されている印刷料金を資料として印刷物の入札予定価格に関する積算を行っていたが、本件シールに関しては、本件シールの原反(シールの材料となる原紙・フィルム等からなる製品。以下「本件シール原反」という。)代及び加工代について物価資料には積算の基礎とすべき記載がなく、また、本件シールがいまだ広く一般に使われていない特殊なシールで参考にできるような具体例もなく、さらに社会保険庁としても初めての入札であって、加工工程等も分からなかったため、手持ちの資料のみを参考にして本件シールの入札予定価格を決定することは困難であった。そこで、社会保険庁は、関係業者に加工代等の価格を問い合わせて積算の参考とすることとし、平成元年七月ころ、指名業者として選定した被告ら及びビーエフの四社に対し、本件シールの印刷・加工代等の参考見積書を項目別に提出するよう依頼するとともに、本件シール原反を製造している狭山化工株式会社(以下「狭山化工」という。)等の五社を原反メーカーとして指定した上、別途本件シール原反の価格証明書を提出するように依頼した。

星野は、談合によって被告らで分け合う利益を多くするために社会保険庁の入札予定価格をつり上げさせようと考え、狭山化工等の原反メーカーに働きかけた。これにより、狭山化工等の原反メーカーは、社会保険庁に対し、本件シール原反について価格を水増しした価格証明書を提出した。また、被告らは、本件シールの製造を一枚当たり七円以下で受注できるにもかかわらず、印刷・加工代を水増しするなどして参考見積価格を一枚当たり一〇円ないし一一円とする見積書(以下「本件第一見積書」という。)をそれぞれ社会保険庁に提出した。これらの工作により、社会保険庁は、本来であれば一枚当たり七円以下の入札予定価格にできたところを、Aタイプが九・四六七円、Bタイプが九・四六一円、Cタイプが九・四五五円と大幅な過大積算を行う結果となってしまった。しかも、星野は、社会保険庁の入札予定価格を更につり上げて利益を多く出すために、平成二年度以降も同様の工作を行ったため、社会保険庁はその後も入札予定価格の過大積算を行う結果となった。

(三) 談合による利益の分配

被告らは、本件談合により、本件シールの落札価格を異常に高くつり上げて多額の利益を手に入れ、「回し」等の方法により、受注した利益を分け合っていた。

たとえば、平成元年八月九日実施の各入札について落札し本件第一ないし第三契約を締結した被告トッパン・フォームズ及び同大日本印刷は、いずれも社会保険庁から本件シール一枚当たり九円四五銭の代金を受領しているところ、実際に本件シールの大部分を製造したのは大成紙工株式会社(以下「大成紙工」という。)であって、狭山化工がこれを一枚当たり五円八五銭で買い取り、これを大成紙工の工場から直接社会保険庁に納入させたのである。そして、伝票や公表帳簿等の上では、狭山化工がこれを一枚当たり六円五〇銭で右被告らに売り渡し、伝票上だけ被告らや木場印刷株式会社(以下「木場印刷」という。)等を通り、右被告らから社会保険庁に納入したこととされ、その後、右被告らが社会保険庁から右各代金の支払を受けると、星野が各社の担当者に電話で連絡して各担当者が被告小林記録紙東京支店の会議室に小切手を持ち寄り、それを互いに交換することによって「回し」の受注代金と発注代金の決済を行い、談合金の分配をした。

また、狭山化工は、これ以後も、社会保険庁が被告らに発注した本件シールの大部分の製造を受注して、大成紙工に製造させていたものであり、たとえば、平成元年度から平成三年度までは、社会保険庁が発注した本件シールの約八七・七パーセントの製造を引き受けていた。被告らが狭山化工に対して支払っていた本件シールの代金は、平成元年は一枚当たりおおむね六円五〇銭、平成二年以降は一枚当たりおおむね六円六〇銭であり、狭山化工が大成紙工に支払っていた代金は、一枚当たり五円八五銭であった。

以後の本件各入札に関する談合も右とほぼ同様に行われていたが、平成三年、日本道路公団発注の磁気カード通行券の入札に関する談合が発覚した。そこで、被告らは、談合していることが外部的にも明白になる「中通し」の方法を採ることをやめたものの、談合により落札価格をつり上げて談合金を分け合うという基本的な仕組みはこれを維持した。

(四) 以上のように、本件談合は、公正な価格を害し、かつ不正な利益を得る目的で行われたものであって反社会性が顕著であること、本件各契約は、談合金分配の手段としての面を有し、本件談合と密接不可分な関係にあること、本件各契約を無効としても取引の安全が害されるものでもないことなどから、本件各契約は公序良俗に反して無効である。

なお、社会保険庁の担当者が入札予定価格を事前に外部に伝達し、又は事前に談合が行われることを知ってこれを容認していたという被告主張の事実は否認する。本件各入札における予定価格と落札価格にほとんど誤差がないことは、何度か入札を繰り返した結果、入札価格が徐々に予定価格に接近し、最終的に落札価格が予定価格に極めて接近したにすぎない。

また、被告らの引用する大審院判決は、談合に基づく競買申出を直ちに無効とはいえないとしたものであって、私法上の契約であり取引の安全ということをさほど考慮する必要がない本件の先例となるものではない。

(被告らの主張)

本件各契約は、以下の理由により、公序良俗に反するとして無効となるものではない。

(一) 談合自体が公序良俗に反するものであっても、談合による入札に基づいて成立した契約の効力は、契約の内容そのものが公序良俗違反でない限りは有効と解すべきであるところ(大審院昭和一六年二月二五日判決・法律新聞四六七三・七)、原告も、本件各契約の内容そのものが公序良俗違反であるとは主張していないから、本件各契約が無効となることはない。

(二) 被告らが談合によって原反価格の見積りを水増しさせ、社会保険庁に対し価格を水増しした本件第一見積書を提出したとの事実及び被告らが談合によって多額の利益を上げ、これを談合金として分け合ったとの事実はない。

本件各契約における価格は市場価格からみて適正価格であり、被告らが談合により多額の利益を得たことはない。

本件各契約における契約金額は、後記5のとおり、実費(製造原価)に適正な利潤を加えた金額の範囲を超えるものではなく、当時の民間向けシールの価格と比べて高額であるということもできない。したがって、本件談合が不当な利益を得る目的で行われたということはできず、入札価格の点において反社会性が顕著であるということにもならない。

(三) 本件談合は、以下のとおり、本件各契約を無効としなければならないほどの違法性はない。

(1) 我が国の取引社会の構造

本件談合が行われてきた当時の我が国の取引社会の構造は、自由競争を控え、話合いによって生産を調整し、受注者を決定し、価格を決定するなどの行為が、産業界の各分野において長年にわたり行われ、取引慣行として定着するに至ってしまっていたということができる。そして、これが、我が国の経済発展を支え維持する原動力の一つとなってきたことも否定できないところであり、それだけにこのような取引慣行は、強い批判を浴びるどころか、経済行政を進める行政機関を含め、各業界の関係者、関係機関が黙認し、むしろこれを慫慂した結果、構造的なものにまで至っていたとさえいい得る。

(2) 本件談合の背景事情等

右のような社会構造の中で、印刷業界では、次のような特殊な事情が加わり、官公庁における入札についての談合が慣行化し、定着するに至った。

印刷産業は、まず、受注産業であるということをその特性として挙げることができる。すなわち、印刷産業は、注文を受けてから、注文先の仕様に従って製造を行い、注文先の指定する納期までに注文先に納品するという受注産業性の極めて強い業態の産業であり、他の製造業のように、一定の設備を有し、独自の計画に基づいて生産を行うということができない。また、需要の波動性が大きく、ある時期には需要が集中するが、他の時期には需要が急減するため、ピーク時に合わせた生産体制を組むことは効率が悪いので、需要が集中する時期には、納期に間に合わせるため同業他社に協力を仰ぐことになる。

さらに、需要が多品種にわたるため、大手業者であっても、すべての需要に対応できる生産体制を組むことは到底できないのであって、自社生産ができない注文については、同業他社に外注し、応援してもらうことになる。

こうした印刷産業の特性から、印刷業界では、注文先からの要請に応えるため、古くから業者間で互いに助け合い、また仕事を分け合って行う相互協力体制が自然発生し、継続されてきたのである。

本件談合の背景には、このように印刷業界で長年にわたって形成されてきた相互協力体質があるのであって、談合が行われている場合に、一社のみがそれを無視して独自の路線を歩むということは、業界から孤立し、他社の援助が必要なときにもこれを受けられない事態を招来するのであって、事実上極めて困難であった。

(3) 民間における取引と官公庁における入札との違い

民間企業との取引においては、発注者が、業者の営業努力、技術力、企画力、生産能力(特に、納期を厳守できるか否か)、従来からの受注実績と信頼度などを総合的に勘案して、業者を選定し、発注の条件を提示するのが一般であり、業者は、これに応じて、仕様、納期及び数量などの受注条件と自社の技術力及び生産能力などを対照して、受注するか否かを決定する。右業者選定においては、価格も重要な要素であるが、それがすべてではなく、むしろ長年にわたる受注実績に裏付けられた信頼度が大きな比重を占めている。

このような実態から、民間における取引において談合が行われることはほとんどない。また、一旦受注した後、継続的に受注が見込まれる場合、業者は、それに対応するための設備を整え、自社で製造して納品することができる。

一方、官公庁における入札では、価格のみによって受注先が決定される上、予定価格は落札価格の上限を示すのみで、下限は設定されない。したがって、業者は、受注できるかどうか分からないにもかかわらず、一旦受注した場合は納期までに納品しなければならないため、そのための生産体制をあらかじめ整備しておく必要があり、経営上ロスを生ずることが避けられない。特に、本件シールの入札においては、入札回数は年に二回にすぎず、数量は数千万枚と極めて大量であるから、業者が落札した場合に備えて必要な生産体制をあらかじめ用意することは極めてリスクが大きい。

こうした点から、官公庁の入札制度においては、納期どおりの納品を確保し、かつリスクを回避するため、業者が事前の話合いで受注を調整しようとすることは、印刷業界のみならず他の業界においても多くみられることであって、このような入札制度自体構造的に談合を生みやすいものといえる。

(4) 社会保険庁の発注品に関する談合の状況

社会保険庁の発注品に関する入札においては、かつて、指名業者間の話合いがつかずに、自由競争で入札したこともあった。

しかし、昭和五一年ころから、同庁がオンライン化を計画し、これを実現する過程において、従来の帳票類を変更する必要が生じたところ、同庁は、帳票類の設計や仕様書の作成など種々の点で星野に協力を仰ぎ、同人も同庁の担当者と寝食を共にするほどの力を傾注した。その結果、星野の同庁に対する影響力と同庁に関する情報収集力は他の追随を許さないほどになり、同人は、自ずと同庁の入札の談合を取り仕切るようになった。

このことは、社会保険庁が発注する物件のその後の契約状況からみても明らかである。すなわち、被告小林記録紙は、昭和六一年度には、同庁の全発注件数七三件のうち二三件を受注し、その受注金額は八億五〇〇〇万円であって全発注金額一九億円の約四四パーセントを占め、昭和六二年度には、同庁の全発注件数七四件のうち二六件を受注し、その受注金額は九億五〇〇〇万円であって全発注金額一九億円の約五〇パーセントを占め、昭和六三年度には、同庁の全発注件数七二件のうち二二件を受注し、その受注金額は一二億円であって全発注金額二三億円の約五二パーセントを占めた。こうした同被告の受注実績は、星野が社会保険庁に深く関わってきたこと、業者間の談合を思うままに取り仕切ってきたことを如実に示すものであり、同庁の入札に関しては、星野の主導で談合を行うことが既にルール化されていたとさえいえる。したがって、本件シールの最初の入札においても、星野は当然のように指名関係各社に対して連絡し、従来同様、星野主導のもとで談合が行われ、その後の本件各入札においてもこれが踏襲されたのである。

このように、社会保険庁に対して抜群の影響力と情報収集力を有する星野が主導しルール化されたといってもよい談合が長期にわたり継続されてきた以上、本件談合においては、指名業者のうち一社のみが談合を無視し独自に入札することは、極めて困難なことであった。

(5) 社会保険庁の問題点

ア 指名業者の選定

社会保険庁は、本件シールの最初の入札に当たり、指名業者の選定基準の一つとして、「当該シール又は類似のシールを多数製造した実績を有すること」という要件を設け、その具体的な基準として、類似のシールを一〇〇万枚以上製造した実績があることとした。

その上で、同庁は、製造実績について各業者から報告を求めたが、被告小林記録紙は五〇万枚前後の実績と回答したため、星野に対し、指名業者選定に当たっては製造実績が一〇〇万枚以上必要であることを伝えて、それ以上の回答を出すよう求め、その結果、同被告を指名業者に選定した。

このように、社会保険庁は自ら設定した指名基準に被告小林記録紙が該当しないと考えていたにもかかわらず、同被告に対して選定基準に適合するような報告を求めてこれを指名業者としたことからすれば、社会保険庁は被告小林記録紙を何としても指名業者にしたいという意思を有していたことがうかがえる。

星野が社会保険庁のオンライン化の過程において多大な貢献をしたことから、社会保険庁サイドからすれば星野に一種の借りができた思いであったであろうことは容易に推認できるところであり、また、前記のとおり被告小林記録紙が社会保険庁発注物件について金額にして約半分を受注している事実からすれば、社会保険庁サイドからみても、入札に当たり星野が主導的立場で談合を取り仕切っているのではないかということを知り、あるいは容易に推認することができたはずであるから、社会保険庁が、本件各入札の指名業者の選定に当たり、強引ともいえるやり方で被告小林記録紙を指名業者としたことは、事実上談合行為を容認したものと評価されてもやむを得ないというべきである。

イ 指名業者数

社会保険庁は、本件各入札において指名業者として四業者しか指名せず、平成四年度の入札までこれを固定していたところ、指名業者が少数であれば談合が行われやすいことは見やすい道理であり、本件談合の発覚後である平成五年度の入札では、一般競争入札となりその結果参加業者が一〇社前後に増えていることからしても、このような社会保険庁の指名には疑問がある。

ウ 入札回数と納期

本件シールの入札は、当初、年二回のみであり、初回の納期は、入札・契約締結からわずか約一か月後とされ、発注数量は数千万枚という膨大なものであったところ、年二回の入札では多数回の入札に比して落札できなかった場合にそれだけ挽回の機会が少なくなること、また、発注数量が大量であるにもかかわらず入札・契約締結のわずか一か月後に初回の納期が到来するため、落札してから本件シール原反を手配する通常の方法では製品の納入が納期に間に合わなくなることから、各指名業者は、リスクを回避し納期に間に合わせるために、事前の話合いをせざるを得ない。

本件談合の発覚後である平成五年度のシールの入札では、従来よりも年間の入札回数が増やされ、入札・契約締結から初回の納期までの期間も長くなっているが、これは、社会保険庁が右の点を配慮したからであり、従来の入札回数や納期の定め方に問題があったことを自認したものといえる。

(6) 以上のとおり、本件談合は、印刷業界で慣行化し定着したものとして行われたものであり、談合が慣行化するに至った経過において発注者である社会保険庁にもその責任があること、発注の方法において談合せざるを得ない問題点があり、社会保険庁は談合が行われることを知り、これを容認していたと考えられること、及び落札価格が公正な価格を害するものとはいえないことからすれば、本件談合が本件各契約を無効とするほどに違法性が強いものとはいえない。

(四) 一般に、契約当事者があらかじめ契約の無効原因を知った上で契約したときは、契約内容自体が公序良俗に反するなどの理由で無効の場合はともかく、そうでない限り、その当事者は、当該契約の無効を主張することができない。

星野は、本件各入札に際し、被告トッパン・フォームズ及び同大日本印刷の各入札担当者に対し、最終的には落札予定業者が落札するように各タイプごとに四回ないし五回の各社別の入札金額を指示した。そして、各社担当者がこの星野の指示に従った結果、落札予定業者は、予定価格に極めて近似した額で現実に落札した。

星野が当初から入札予定価格に関する情報を知っていたのでなければ、星野が右のような指示をすることなどできるはずはないから、社会保険庁の担当者は星野に対して事前に予定価格に関する情報を伝達していたとしか考えられない。そうだとすると、社会保険庁は、本件各入札に際し、各指名業者間で談合が行われることを知り、それを容認し、かつ事前に予定価格を知らしめていたものというべきである。

社会保険庁の契約担当官は、右のとおり、本件各入札において被告らが談合を行うことをあらかじめ知っており、それを容認して本件各契約を締結し、被告らから契約枚数どおりの本件シールの納入を受け、年金通知等の用途に使用したのである。そして、本件各契約はその契約内容自体が公序良俗に反するものではないから、あらかじめ談合が行われることを知って契約を締結した原告(社会保険庁)は、本件談合が行われたことを理由に本件各契約の無効を主張することはできないというべきである。

3  争点2(追認の成否)について

(被告らの主張)

平成四年一一月、本件談合が発覚し、被告らの関係者が本件談合について競売入札妨害罪で起訴された。したがって、社会保険庁は、遅くともこれ以降談合に基づく入札が行われた事実を知っていたのであるから、本件第一七ないし第一九契約については、これに基づく本件シールの一部がまだ納入されていなかった以上、無効であることを前提とする対応をすることが可能であった。

しかし、社会保険庁は、後記のとおり、被告らに対して執拗に右契約の履行を求め、これに応じ被告らが右各契約に基づき納入した本件シールを受領した。

社会保険庁の右履行の要求及び受領の時点においては、同庁は、本件各入札において談合行為が行われたことを知っていたのであるから、同庁自らが無効原因であると主張するところの事実を知っていたことになる。したがって、右履行の要求及び受領は、法的にみれば、契約が有効であることを前提としているのであり、仮に契約が無効であったとすれば、合計一九回の本件各入札及びそれに基づく本件各契約を追認したものとしかみることはできない。

原告の主張する本件各契約の無効原因は、合計一九回の本件各入札及び本件各契約のすべてにつき共通であるところ、社会保険庁は、右履行の要求及び受領の際、これらが本件第一七ないし一九契約のみに関わる追認である旨の留保をしなかったから、これらは、合計一九回の本件各入札及び本件各契約のすべてについての追認と評価できるものである。

そして、社会保険庁は、談合が行われていたことを知った上で、後記のとおり、被告らに対し本件シールに関する契約に基づく債務の履行を求め、本件、シールを受領していることからすると、本件各契約のいずれについても追認したというべきである。

(被告小林記録紙の主張)

(一) 社会保険庁の被告小林記録紙に対する追認の経緯は、以下のとおりである。

(1) 星野は、平成四年一〇月一三日、本件シールに関する競争入札妨害の被疑事実で逮捕された。

(この当時の社会保険庁と被告小林記録紙の本件各契約に関する状況は、前記争いのない事実等のとおりであり、代金については、本件第一六契約のうち同年七月二四日納期分及び本件第一七契約のうち同年九月二五日納期分としてそれぞれ納入した本件シールの代金がいずれも支払われておらず、本件シールの納期については、本件第一七契約における納期のうち同年一一月二二日、平成五年一月二五日及び同年三月二四日が到来しておらず、右各納期に納入すべき本件シール各四万八〇〇〇枚(合計一四万四〇〇〇枚)が納入されていなかった。)

(2) 社会保険庁総務部経理課長であった池田登(以下「池田課長」という。)は、平成四年一〇月下旬から同年一一月下旬までの間に、被告小林記録紙東京支店次長であった鳥山正照(以下「鳥山」という。)らと面会した際、前記未納入の本件シール一四万四〇〇〇枚について、「納入してくれなければこちらも困る。今更他に発注するわけにもいかない。業者の責任として、とにかく入れてくれ。」などと述べて納入するよう要求し、同被告は、やむを得ずこれに応じることとした。

(3) 社会保険庁の課長補佐らは、同年一二月四日、面会に訪れた鳥山に対し、文書をもって、前記各契約の新たな契約金額として本件シールの単価を六円六〇銭で計算した額(本件第一六契約については一億二九七八万七四一六円、本件第一七契約については五一〇六万六五七六円)とするなどの提案をした。

(4) 被告小林記録紙は、同年一二月九日、社会保険庁からの要請に応じて本件第一七契約に基づき同年一一月二二日納期分の本件シールを納入し、社会保険庁は、これを受領した。

(5) 池田課長は、同年一二月一〇日、鳥山及び被告小林記録紙の代理人石原達夫弁護士(以下「石原弁護士」という。)らに対し、前記(3)の提案に応ずるよう求め、また、同月一七日、石原弁護士に対し、同提案に対する早期の回答を求めた。

(6) 池田課長は、平成五年一月一三日、石原弁護士らに対し、「代金未払い分について、契約を破棄して狭山化工と直接契約したことにする、契約を生かして代金について合意ができるまで支払を止める、暫定的に仮払いするなどの方法が考えられる。」などと説明した。これに対し、同弁護士は、「当社の経営上の問題もあるので代金の暫定的仮払いで検討されたい。」旨回答した。

(7) 池田課長は、同月二七日、石原弁護士らに対し、大蔵省との協議により代金未払い分は本件シール一枚当たり六円六〇銭として支払い、納期の到来する本件シールは業者の義務として入れてもらうこととする旨説明した。

(8) 池田課長は、同年三月三日、石原弁護士らに対し、代金未払い分について単価六円六〇銭として支払うほか、既に支払っている代金との相殺による処理も考えている旨説明した。

(9) 被告小林記録紙は、同月一一日ころ、前記争いのない事実等のとおり、社会保険庁から通知書を受領し、同月一五日、右通知書による要請に応じかねる旨の回答書を送付した。

(10) 被告小林記録紙は、同月二六日、社会保険庁からの要請に応じて本件第一七契約に基づき同年一月二五日及び三月二四日納期分の本件シールを納入し、社会保険庁はこれを受領した。

(11) 社会保険庁の課長補佐は、平成五年三月二九日、石原弁護士に対し、「翌日(同月三〇日)、未払分についての代金の支払として額面一億五六四四万五五九三円の小切手を提供する。受領拒否の場合は供託する。」旨説明した。

(12) 社会保険庁の契約課長らは、同月三〇日、右説明にかかる小切手を持参して被告小林記録紙東京支店を訪れたが、同被告が、これを代金の一部として受領する旨伝えたところ、これを受領拒否として、同日、本件供託をした。

(13) 被告小林記録紙は、同月三一日、社会保険庁から供託通知書を受け取った。それには、供託原因として、本件第一七契約は無効であり、納入された本件シールは不当利得になるので、その代金を提供したが受領を拒否されたため供託すると記載されていた。

社会保険庁が公的に被告小林記録紙に対して契約の無効を主張したのは、これが初めてであった。

(二) 以上のとおり、被告小林記録紙は、本件シールに関する刑事事件発覚直後から多数回にわたり、社会保険庁と本件各契約の処理について折衝を続けてきたところ、同庁は、本件シールが未納入である分について強くその納入を求め、同被告にこれを納入させたのであるから、仮に右契約が無効であったとしても、これを追認したというべきであり、右追認により右契約は締結時に遡って有効になったとみるべきものである。

(被告大日本印刷の主張)

(一) 社会保険庁の被告大日本印刷に対する本件第一九契約に関する追認の経緯は、以下のとおりである。

(1) 社会保険庁は、平成四年一〇月二七日、被告大日本印刷に対し、「本件第一九契約については契約を成立させる。納期を厳守することを求める。ただし、できるだけ早い機会に価格改定の交渉をする。」と通告した。

(2) 社会保険庁は、同年一二月四日、同被告に対し、文書をもって、本件第一九契約の新契約金額としてシール一枚の単価を六円六〇銭で計算した二億九五五〇万九〇六〇円を提示した。

(3) 被告大日本印刷は、同月一〇日、社会保険庁に対し、前記刑事事件について判決が下された時点で協議したいのでそれまで猶予してほしい旨回答した。

(4) 社会保険庁は、同月二五日、被告大日本印刷に対し、選択的に次の三案を提示した。

A案 刑事裁判の結論が出るまで代金の支払を凍結する。

B案 仮払い(シール一枚の単価六円六〇銭)として処理する。

C案 社会保険庁と狭山化工との直接取引に切り替える。

被告大日本印刷は、平成五年一月二一日、社会保険庁に対し、右提案について、本件第一九契約のうち納期が到来していない分についてC案にしてほしい旨回答し、同庁は、これを受けて狭山化工との交渉を開始した。

(5) 被告大日本印刷は、社会保険庁からの度重なる強い要請により、同年一月二五日、本件第一九契約に基づき同日納期分の本件シールを納入し、社会保険庁はこれを受領した。

(6) 社会保険庁総務部経理課課長補佐であった石合進(以下「石合」という。)は、同年二月九日、被告大日本印刷榎町営業部長であった栗原幹夫(以下「栗原」という。)に対し、狭山化工との直接取引(前記C案)についてはシール代金に関し同社と折り合いがつかないことから断念せざるを得ない旨説明し、次の提案をした。

〈1〉 本件第一九契約について、未履行分(同年三月二四日納期分)も含めて生かした形で手続をする。

〈2〉 社会保険庁は、被告らに対し、一方的にシール一枚の単価を六円六〇銭で計算して代金を支払う。

〈3〉 被告らは、これに対して訴えを起こし、第三者機関による価格裁定により決着をつける方法等でプラスアルファの支払を受けられる可能性を追求する。

(7) 池田課長は、同年三月一一日、被告大日本印刷に対し、本件第一九契約についてシール一枚当たり六円六〇銭で算出した代金額で新たに契約を締結するよう要請した。これに対し、同被告は、同月一六日、右要請に応じられない旨回答した。

(8) 被告大日本印刷は、社会保険庁の要請により、同月二四日、本件第一九契約に基づき同日納期分の本件シールを納入し、社会保険庁はこれを受領した。

(9) 社会保険庁の契約調査官ら三名は、同月三〇日、本件第一九契約の代金として二億九六〇六万八四九八円の小切手を持参して被告大日本印刷を訪れ、これを受領するよう求めた。これに対し、同被告がこれを代金全額としてではなく代金の一部として受領すると述べたところ、右契約調査官らは、小切手を持ち帰り供託に付すと述べて帰った。

(10) 被告大日本印刷は、同月三一日、社会保険庁から供託通知書を受け取った。それには、供託原因として、平成四年九月一日付け契約(本件第一九契約)は無効であり、納入されたシールは不当利得になるので、その代金を提供したが受領を拒否されたので供託すると記載されていた。

社会保険庁が本件シールに関する契約が無効であると正式に表明したのは、これが初めてであり、これまでの交渉においては、同庁の担当者は、契約を無効とすると納入されたシール現品を返さなければならないから、それは事実上不可能であると言っていた。

(二) 以上のような社会保険庁の行為をみれば、本件第一九契約について仮に無効原因があったとしても、社会保険庁は同契約を追認したというべきである。

(被告トッパン・フォームズの主張)

(一) 本件談合発覚後における社会保険庁と被告トッパン・フォームズとの交渉の経緯は、以下のとおりである。

(1) 被告トッパン・フォームズは、本件談合発覚後、社会保険庁に対し、本件第一八契約に基づき平成四年一一月二五日納期分の本件シール二三〇四万六〇〇〇枚を納入し、同庁は、これを異議なく受領した。

(2) 社会保険庁は、同年一二月四日、被告トッパン・フォームズに対し、本件第一八契約の代金額を変更すること及び既に支払われていた代金について同庁が積算した価格との差額を返還することを申し入れたが、この際、本件各契約が無効であるとは主張しなかった。

また、社会保険庁は、同月九日、一〇日、一八日及び平成五年一月一一日に被告トッパン・フォームズと代金額について話し合った際、本件各契約が無効であるとの主張をしなかったばかりか、平成四年一二月一八日の話合いの際には、本件各契約が有効であることを前提として話をした。

(3) 社会保険庁は、平成五年一月二七日に被告トッパン・フォームズと話し合った際、初めて本件各契約が無効であるという話をしたが、それは社会保険庁としての主張ではなく、大蔵省の見解として紹介されたにとどまるものであった。

(4) 社会保険庁は、同年二月九日、被告トッパン・フォームズに対し、本件各契約が無効であると主張したが、無効である根拠は何ら示さず、かえって本件第一八契約の同年三月納期分について、契約内容どおりの履行を求めた。

(5) 被告トッパン・フォームズは、同年二月一五日、社会保険庁に対し、右同年三月納期分の本件シールの製造を中止する旨通告した。これを受け、池田課長は、同月一六日、同被告と話し合い、右シールの納入を懇請し、同被告との間で、本件各契約が有効であること又は無効ではないことを前提として、〈1〉同被告が右納期分の本件シールを製造し、社会保険庁がこれを受領すること、〈2〉社会保険庁と同被告とは約定代金の支払遅延について話合いを継続して解決に努めることを約し、合意書(〈証拠略〉)を作成した。

被告トッパン・フォームズ営業総本部業務推進本部長であった加藤計夫(以下「加藤」という。)は、右合意の際、池田課長に対し、契約が無効であれば製造はできない旨表明した。

(6) 被告トッパン・フォームズは、同年三月二四日、本件第一八契約に基づき本件シールを納入し、社会保険庁はこれを受領した。

(二) 前記(一)(5)の約定は、本件各契約が有効であることを前提とするものであり、そうでなければ被告トッパン・フォームズには平成五年三月二四日納入分の本件シールを製造・納入すべき根拠がなく、また、社会保険庁には、同日納入分の本件シールを受領する根拠がない。

(三) 仮に本件第一八契約が無効であるという原告の主張を前提にした場合、社会保険庁の右納入の懇請及び受領は、本件各契約の無効を知りながら追認をしたものというべきであり、本件各契約は、遅くとも平成五年三月二四日から当初の内容どおり有効となったものと解される(民法一一九条ただし書)。

すなわち、社会保険庁は、平成五年二月九日には本件各契約の無効を主張しているから、その当時本件各契約が無効であると認識していたことは明らかであるところ、それにもかかわらず、その後被告トッパン・フォームズに対し本件シールの納入を求め、これを受領したから、右行為は黙示の追認と解すべきものである。

(原告の主張)

(一) 本件各契約のようないわゆる政府契約は要式行為とされているから、社会保険庁と被告らとの間において新たな合意をし、契約書を作成して契約を締結したこともない本件シールの納入については、新たな契約が成立したものとみなすことはできない。

また、無効な法律行為を追認する場合は、追認する時点において、新たな法律行為をする場合と実質的に同一の要件を備えなければならないところ、社会保険庁は、本件談合発覚後において、被告らに対し本件シールの納入を求めたが、それは、以下のとおり、あくまでも本件各契約が無効であるとの認識の下に交渉等を行っていたものであるから、追認の要件が具備されていない。

(二) 社会保険庁は、本件談合行為の発覚後、本件各契約における契約金額が被告らの談合行為によって歪められたことについて強い怒りを持ち、絶対にその価格は維持することができないとの認識を有していた。

しかし、年金の支払通知書等への本件シールの貼付は、年金受給権者及び国会からの改善要請を受けて実施されたものであり、右貼付業務を中断することは、右国民及び国会の意向に反することとなる。そこで、社会保険庁は、右貼付業務の中断を避けるため、談合に関与した被告ら以外の業者との間でシール製造契約を締結し、シールを調達することも検討したが、当時、被告らのほかに社会保険庁仕様のシールを直ちに製造し納入できる業者は見当たらなかった。

厚生年金、国民年金等の受給者数は、当時約二四〇〇万人であり、このうち四分の一程度に当たる者が支払通知書の送付を受けて初めて郵便局の窓口での支払を受けられることとなっていたため、本件シールが調達できなければ、支払通知書の送付ができず、当面の年金支払業務に支払の遅延等の重大な支障が生じることとなり、ひいては社会問題にも発展しかねない状況にあったので、社会保険庁は、何よりも年金の支払を優先することとし、被告らとの交渉を継続した。

社会保険庁は、本来であれば、再度被告らとの間でシール製造契約を締結するべきであったが、価格の点で合意に至らなかったので、いわば緊急避難的措置として、後日適正な価格による新たな契約を締結するとの前提で、とりあえず、被告らに平成四年九月一日実施の入札に基づく無効な本件第一七ないし第一九契約における数量と同量の本件シールを納品してもらったものである。

なお、社会保険庁と被告トッパン・フォームズが平成五年二月一六日に作成した合意書(〈証拠略〉)は、本件シールに関する契約が有効であることを前提として作成されたものではなく、同被告が本件シールを製造しても受領されなくなってしまうのではないかとの不安を除去するために、右受領の確約を取り付けることを主眼として作成されたにすぎないものである。

社会保険庁の担当者は、平成四年一〇月二七日ころ、被告大日本印刷と価格改定の交渉を行い、同年一二月四日、被告らに対し、未履行分について本件シール一枚当たり六円六〇銭で計算した新契約の締結に向けた通告をしたほか、既履行分については、支払済みの契約金額とその客観的価格の差額の返還を求め、さらに、平成五年三月一一日付け「支払通知書等貼付用シールの製造に係る請負契約の取扱いについて(通知)」と題する書面によって、同庁が適正な価格として算出したシール一枚当たり六円六〇銭で算出した額で新たな契約を締結する取扱いとしたい旨通知し、回答を求めるなどして、代金額について談合により形成された契約金額によることができない旨を明らかにした。そして、社会保険庁と被告らは、結局、未履行分の契約金額について合意に至らず、交渉は決裂した。

右によれば、社会保険庁が右談合発覚後に被告らに対し本件シールの納入を要請し、またそれを受領したことをもって、追認があったと認める余地はない。

(三) 公序良俗違反による法律行為の無効は、原則としてすべての人がすべての人に対してその無効の効果を主張でき、その治癒は不可能であり、当事者が従前の無効原因を知った上で追認しても、それが新しい行為として効果を生じる余地はないと解されているところである。

したがって、本件各契約が公序良俗違反により無効である以上、追認によって効力を生じる余地はない。

(四) 以上によれば、社会保険庁が平成四年九月一日契約(本件第一七ないし第一九契約)分の本件シールの納入を要請したことやこれを受領したことによって、無効である同各契約が追認され、有効となるというものではないことは明らかであり、ましてやそれ以前の本件各契約が有効となるものではない。

4  争点3(一)(二)(信義則違反、非債弁済等)について

(被告らの主張)

一般に、契約当事者があらかじめ契約の無効原因を知った上で契約を締結した場合、契約内容自体が公序良俗に反するなどの理由で無効となる場合はともかく、そうでない限り、その契約当事者は、信義則上契約が無効であると主張することができないというべきである。

本件において、社会保険庁の担当者は、前記2のとおり、本件各入札において被告らが談合を行うことをあらかじめ知っており、それを容認して本件各契約を締結し、被告らから契約内容のとおりの本件シールを受領し、年金通知等に使用したのであるから、原告は、談合が行われたことを理由に本件各契約の無効を主張することはできない。

また、仮に談合が行われたことが本件各契約の無効原因となるとしても、社会保険庁は、無効原因を知って代金の支払をしたのであるから、非債弁済であり、原告は、代金の返還を請求することができない。

(被告大日本印刷の主張)

被告大日本印刷は、前記3のとおりの社会保険庁の態度から、本件第一九契約は有効に存続しているものと確信して、各納入行為を行った。同庁は、本件各契約を無効とすると同被告に対して本件シールの納入を要求する根拠を失うことになるので、契約が無効であるとは言わず、本件第一九契約の代金の変更を求めてきたものである。

したがって、同被告の履行がすべて終了した後である平成五年三月三一日になってから原告がした契約無効の主張は、信義則違反であり、かつ禁反言の法理により許されない。

(被告トッパン・フォームズの主張)

社会保険庁と被告トッパン・フォームズは、前記3のとおり、平成五年二月一六日、本件各契約が有効であることを前提として、同被告が同年三月二四日納入分の本件シールを製造し、社会保険庁がこれを受領すること及び社会保険庁と同被告が約定代金の支払遅延につき話合いを継続して解決に努めることを約したのであるから、原告の本件各契約の無効の主張は、信義則に反し許されない。国家権力を背景に、一方では本件各契約が有効であることを前提として覚書を締結しながら、他方で本件各契約の無効を主張することが許されるならば、私人は国との契約を安んじて締結することはできず、極めて多数存在する国と私人との契約につき取引の安全は著しく害される。

(被告小林記録紙の主張)

社会保険庁は、前記3のとおり、被告小林記録紙に対し本件シールの納入を強く求め、同被告に納入させたのであり、その後に契約の無効を主張することは、信義則に反する。

(原告の主張)

本件談合発覚後の社会保険庁と被告らとの交渉の経緯は、前記3のとおりであり、その交渉においては、契約が無効であることが当然の前提とされていたものであるから、被告らにおいて、契約が有効であると信頼するはずもなく、社会保険庁が被告らに対して本件シールの納入を求め、これを受領したのは、年金支払業務における重大な支障を回避するためにやむを得ない、いわば緊急避難的措置であったのであって、被告らもこのことを十分に認識していたというべきであるから、原告が本件各契約が無効であると主張することは信義則に反しない。

なお、被告大日本印刷及び同トッパン・フォームズの主張に対する反論は、以下のとおりである。

(一) 被告大日本印刷について

被告大日本印刷の担当者は、平成四年一二月四日当時、社会保険庁が本件シールの単価として六円六〇銭という額にかなりこだわっているという印象を受け、同月二二日、同庁担当者から、右単価について同庁と検察庁の意見が一致しており六円六〇銭からは一歩も引く気はない旨表明され、平成五年一月二六日、同庁から法務省の見解として契約が無効であると聞いたことなどの一連の交渉により、同庁が談合という不正に強い怒りを持っており、六円六〇銭という金額から一歩も引かないという強固な態度を示していると認識していた。

したがって、右のような経緯において、被告大日本印刷の担当者が、六円六〇銭以外の金額で契約が締結されるだろうと信頼し、又は契約が有効であることを前提として本件シールを納入したとは到底考えられない。

よって、被告大日本印刷において、当初の契約が有効であって当初の契約代金を受領できるという正当な信頼や期待が生じていたということはない。

(二) 被告トッパン・フォームズについて

社会保険庁は、前記3主張のとおり、平成四年一二月四日、被告トッパン・フォームズの担当者に対し新たな契約金額として本件シール一枚当たり六円六〇銭であることを前提とした金額を記載した書面を交付しており、右担当者は、同庁が新たな契約を締結するとして金額を提示しまた差額の返還を求めていることは十分に認識していた。

また、社会保険庁と被告トッパン・フォームズが平成五年二月一六日に作成した合意書〈証拠略〉は、前記のとおり、同被告が本件シールを製造しても社会保険庁に受領されなくなってしまうのではないかという不安を除去するために、その受領の確約を取り付けることを主眼として作成されたものにすぎず、同被告の担当者が、社会保険庁の行動等によって本件各契約が有効であると信頼したということはあり得ない。

5  争点4(被告らの原告に対する不当利得返還請求権の額)について

(被告らの主張)

仮に本件各契約が無効であっても、以下のとおり、本件シールの客観的価格は、一枚当たり別紙7〈略〉被告各社算定欄記載の額であるから(ただし、別紙7〈略〉におけるトッパン・ムーアという記載は被告トッパン・フォームズを指す。)、被告らが本件各契約の代金として受領した金額を上回っている。したがって、被告らにおいて原告に対し返還すべき利得はない。

(一) 客観的価格の積算方法についての考え方

(1) 本件シールの客観的価格は、大別して、〈1〉本件シール原反の客観的価格(単位当たりの価格及び必要量)、〈2〉印刷作業代、〈3〉加工作業代、〈4〉箱代、〈5〉諸経費、〈6〉運賃の計六項目を算出し、それを合計することにより積算すべきである。

(2) 本件シールの客観的価格の積算については、原則として物価資料に掲載している価格によるのが相当であり、物価資料に掲載されているものについては、原則としてそれに従うべきである。しかし、後述するような本件シールの特殊性等を考慮すると、物価資料に掲載されている数値を単純に積算して本件シールの客観的価格を算定できるというものではなく、物価資料には当てはまる項目が必ずしも記載されていないこと、本件シールの特殊性が反映できないことなどの問題点・限界があることを考慮する必要がある。

(二) 本件シール原反の単価

(1) 主位的主張

本件シール原反の単価は、物価資料に掲載されている「バリヤメタルホイル・MIL―B―131E C―2」という製品(以下「バリヤメタルホイル(MIL)」という。)を基に算定すべきであり、本件第三契約についていえば、以下の算定方法により、一平方メートル当たり六二二・三八三円である。

すなわち、社会保険庁作成の入札説明書に記載されていた本件シール原反の仕様は、コーテッド紙、ドライラミネート、アルミ箔、ポリエステル、ポリエステルフィルム及び接着剤という六層からなるところ、右六層のうち前四層は、バリヤメタルホイル(MIL)とほぼ同一の構造であり、ただ、本件シール原反にコーテッド紙が含まれているのに対してバリヤメタルホイル(MIL)にはクラフト紙が含まれている点が異なるにすぎない。

また、ポリエステルフィルム及び接着剤の二層は、物価資料に掲載されているポリエステル(透明・二五ミクロン)という製品と同等のものである。

そして、物価資料には、以下の各製品の価格が掲載されているところ、それぞれ一平方メートル当たりの価格に換算すると次のとおりとなる。

〈1〉 バリヤメタルホイル(MIL) 二七一・四二三円

〈2〉 クラフト紙             一三・三円

〈3〉 コーテッド紙           一四・二六円

〈4〉 ポリエステル(透明・二五ミクロン)  三五〇円

したがって、本件シール原反一平方メートル当たりの単価は、〈1〉から〈2〉を減じて〈3〉及び〈4〉を加えることにより算出され、六二二・三八三円である。

(2) 予備的主張

仮にバリヤメタルホイル(MIL)が本件シール原反の価格算定の根拠に適さないとしても、以下の理由により、本件シール原反の価格は、一般防湿用バリヤメタルホイルという製品(以下、バリヤメタルホイル(MIL)と併せて単に「バリヤメタルホイル」という。)を基に算定した額を下回ることはない。

すなわち、一般防湿用バリヤメタルホイルは、その層構造において本件シール原反のそれと同一のものであり、インスタントラーメンの容器のふた、薬の袋等日常生活用品として広く用いられ、その用途から明らかなようにバリヤメタルホイル(MIL)や本件シールに要求されるような厳格かつ高度な仕様ではなく、厳しい試験や検査を経ることもないものである。

物価資料に掲載されている一般防湿用バリヤメタルホイル(紙蓋口)の価格を一平方メートル当たりに換算すると一六〇・二九円であるから、前記(1)のバリヤメタルホイル(MIL)の価格(一平方メートル当たり二七一・四二三円)の代わりにこれに基づいて算出すると、本件シール原反の単価は、一平方メートル当たり五一一・二五円である。

(3) バリヤメタルホイルに基づき算定することの合理性

バリヤメタルホイルを本件シールの客観的価格積算の根拠とすることは、以下の理由から相当である。

ア バリヤメタルホイル(MIL)と本件シール原反との層構造の同一性

実際の本件シール原反は、以下の〈1〉ないし〈10〉の層から構成されている(これが加工されて製品(本件シール)になったもののうち〈1〉ないし〈7〉で構成される部分が、ラベラーという機械によって〈8〉ないし〈10〉で構成されるはく離紙からはく離され、葉書に貼付される。なお、〈1〉ないし〈5〉で構成されるカバーシート部分をはがすことにより、〈6〉を透して葉書の記載内容を読むことができる。)。

〈1〉 紙(コーテッド紙)

〈2〉 接着剤(ポリエチレン)

〈3〉 アルミ箔

〈4〉 ポリエチレン(アンカー層)

〈5〉 ポリエチレン(疑似接着層)

〈6〉 ポリエステル透明フィルム

〈7〉 アクリル系接着剤

〈8〉 有機シリコン離型層

〈9〉 ポリエチレン(目止)

〈10〉 上質特抄紙

他方、バリヤメタルホイル(MIL)は、以下の〈1〉ないし〈5〉の層から構成されている。

〈1〉 紙(クラフト紙)

〈2〉 接着剤(ポリエチレン)

〈3〉 アルミ箔

〈4〉 ウレタン系接着剤

〈5〉 ポリエチレン

したがって、バリヤメタルホイル(MIL)は、本件シール原反の〈1〉ないし〈5〉の構成とほとんど同一である。

また、狭山化工から本件シール原反の製造を委託されていた名糖株式会社(以下「名糖」という。)は、バリヤメタルホイル(MIL)を製造する機械と全く同じ機械を用い、同じ製造方法により本件シール原反のカバーシート部分(前記〈1〉ないし〈5〉)を製造していた。

よって、本件シール原反とバリヤメタルホイル(MIL)とは、同一の機械及び方法により製造され、また層構造が同一なのであり、両者はその価格においても近似しているということを強く推認せしめる。

なお、原告の主張するように、バリヤメタルホイル(MIL)がその規格を満たすために厚く、素材の量が多いとしても、素材の量が多いことが直ちにその製品の価格が高いということには結びつかない。たとえば、アルミ箔は、薄いほど圧延回数が多く、製造コストがかかるため、単位当たりの価格は高くなる。また、薄い材料を用いた製品の製造は、張りの強度を一定に保つことが難しく、しわが生じたり破断したりする危険もあって、能率・効率が低下することから、製造コストが高くなる。したがって、原告の主張するように、製品が厚ければ価格が高いとはいえない。

イ バリヤメタルホイルと本件シール原反の機能・用途の比較

バリヤメタルホイルは、包装材である点が本件シールと異なるものの、本件シールも最重要事項記載面が輸送・保管中に損傷を受けることのないようこれを保護するためのものであり、「包装」と同じ機能が求められている。狭山化工は、この点から、バリヤメタルホイルのアルミ箔の隠蔽性・耐水性、ポリエチレンフィルムの疑似装着性などを利用し、これをそのまま取り入れ若干の改良を加えて本件シールを開発したのであって、バリヤメタルホイルは本件シールの原型なのであり、両者の機能と用途、製造工程はほとんど同一である。

また、バリヤメタルホイル(MIL)それ自体は、いわゆる中間部材であって、それが種々の形に変えられて最終製品になるものである。そして、中間部材の価格は、最終製品の用途が何かによって変わることはない。したがって、バリヤメタルホイル(MIL)が本件シール原反とその機能・用途において異なるから本件シール原反の客観的価格の算定の根拠とできない旨の原告の主張は失当である。

ウ 本件シール原反の検査

バリヤメタルホイル(MIL)がその開発・製造過程において規格に適合させるために厳格なテストを要し、そのために高いコストを要するものであるとしても、本件シール原反も、社会保険庁から極めて厳しい仕様が要求されていたのであり、これに応えるためのテストに極めて多額の費用を要している。すなわち、本件シールについては、郵送中に絶対にはがれないこと、雨に濡れてもはがれないこと、年金受給者が容易にはがせること、はげれ方が安定していること、一度はがしたら貼り直せないこと、数千万枚という大量の本件シールを短時間で葉書に貼付するというような極めて高速の貼付作業に耐えられること、貼付位置が安定して葉書の金額欄の枠が完全に隠蔽できること、葉書の値段で郵送できる重量にとどまることなどの厳しい要求がなされた。特に、郵送中に絶対にはがれないという要請と、受給者とりわけ高齢者が容易にはがせるという要請を同時に満たすシールは、当時存在していなかったから、その開発には一五億円という巨額の費用を要した。

また、本件シール原反については、仕様に適合する状態を維持し、品質を確保するため、封緘強さ(接着力)、破断強さ、耐老化性、耐ブロッキング性、耐油性、耐水性、インキの耐水性等の各テストが繰り返し行われ、特に、封緘強さ(接着力)については、バリヤメタルホイル(MIL)の場合と異なり、葉書に貼付された後の本来の接着力のテストのほかに、封緘紙からはがれたポリエステルフィルムが瞬時に葉書に貼付される際のスムーズな接着力(初期接着力)のテストが必要とされ、さらには、葉書受領者がはがし易くしかもそのはく離が安定して行われるようにするためのテストが常になされなければならなかった。このほかにも、納品に当たっては、ロットごとの厚み、シールの位置、枚数(脱落の有無)の各検査が極めて厳格に行われた。

以上のとおり、本件シールは、バリヤメタルホイル(MIL)に劣らない試験・検査を経た極めて高度な品質のものであるから、バリヤメタルホイル(MIL)に基づいて本件シール原反の価格を算定することは極めて合理的である。

(4) 取引実例価格によるという原告の主張に対する反論

ア 本件シールの客観的価格を算出するに当たって、本件各契約における価格の現実の決定要素である本件シール原反の取引実例価格を積算要素に入れることは矛盾であって、できないと解すべきである。

すなわち、本件シールの客観的価格は、通常の取引を前提として各項目の金額を決定した上で全体価格を積算すべきものであるから、その積算の基礎に特別の事情を前提として決定された取引価格を採用することは、客観的価格を算定するという目的に反する方法である。

したがって、本件シール自体の特殊性以外の人為的特殊要素に基づく個別の取引実例価格は、本件シールの客観的価格の積算の基礎から排除されなければならない。

イ 本件シール原反の客観的価格は、物価資料により算定することができるにもかかわらず、原告は、あえて狭山化工製の本件シール原反の取引実例価格(一平方メートル当たり三八〇円)に依拠してこれを算定している。しかし、右の取引価格は、以下の事実からわかるとおり、市場における価格決定のメカニズムが機能した結果決まったものではない。

狭山化工は、当初、本件シール原反の価格を一平方メートル当たり六八八円と見積もっていた(ただ、右見積りにかかる見積書は、会計知識の全くない同社の従業員によって開発費を計上せずに下書き的に書かれた見積書原稿を基礎に作成されてしまったものであり、その見積価格には、昭和六二年から平成元年までに本件シールの開発に投じられた開発費一五億円が含まれていなかった)。しかし、同社は、被告トッパン・フォームズの従業員守田昭雄(以下「守田」という。)の社会保険庁に対する影響力が大きいことから、同人の要求を断ると仕事がなくなるのではないかと考え、被告トッパン・フォームズからの一平方メートル当たり三八〇円という購入価格の申し出を受けざるを得ず、同被告に対し右価格で売り渡したのである。さらにいえば、狭山化工の営業担当者であった塩田義雄(以下「塩田」という。)は、守田から一〇万円ないし一五万円程度の正常な形ではない金銭を受け取ったことがあり、また守田が設立した株式会社東翔(以下「東翔」という。)の監査役となり、狭山化工を退職した後も東翔の監査役として活動していることから明らかなとおり、守田と塩田の間には特殊な関係があった。

すなわち、狭山化工から被告トッパン・フォームズへの販売価格は、両者の担当者の特殊な関係、両者の力関係によって、市場とは関わりなく決定された。したがって、この価格が実勢価格最頻値であるといっても、市場価格を反映したものではないから、本件シールの客観的価格積算の基礎とすることはできない。

現に、狭山化工は、平成四年一一月一二日、被告大日本印刷に対し、前記開発費一五億円を償還するため、開発費に見合った金額を価格に算入するとして、本件シール原反の価格を一平方メートル当たり三八〇円から四八一円九〇銭とする(本件シール一枚当たり一円四一銭増額する)と通告した。

また、狭山化工は、本件シール原反及び本件シールの販売価格が被告トッパン・フォームズの圧力により採算を度外視した異常に安いものであったことから、その後経営難に陥って神崎製紙の資金援助を受けることになり、さらには新王子製紙の子会社に営業権が譲渡されて実質的に消滅した。

ウ 狭山化工が大成紙工に対し本件シール原反を販売した際の価格一平方メートル当たり三〇〇円も、市場価格とは全く無関係である。

すなわち、大成紙工は、狭山化工のグループ会社であり、かつ子会社であって、同社の印刷部門とでもいうべき立場であった。本件シールに関しては、狭山化工が本件シール原反を製造し、これを大成紙工に販売し、同社が右原反を本件シールに加工して製品とし、これを狭山化工が買い受け、被告らに販売するという関係にあった。したがって、両社間の売買は、形式的なものにすぎず、実質は、いわば同一会社の原反製造部門、印刷部門及び営業部門間において工程上の流れがあったにすぎないものである。

よって、右三〇〇円という販売価格は、経理処理上の必要から定められた両社間の調整の対価にすぎない。

(三) 本件シール原反の必要量

(1) 純粋に本件シールとして加工される量(この必要量を当該製品に即して長さで表した数を以下「実用メーター数」という。)

一折(折りミシン目から次の折りミシン目までのこと)当たり六枚の本件シールが製造されるところ、本件シール六枚がとれる幅二〇〇ミリメートルの原反が一折となり、一折の長さは三〇四・八ミリメートルであるから、純粋に本件シールに加工する分として右の量が必要である(実用メーター数は、〇・三〇四八メートルに本件シールの納入枚数を乗じて六で除した数ということになる。)。

(2) 標準予備紙

標準予備紙とは、どのような印刷物を作るにしても最低限必要な予備紙のことであり、実用メーター数の一五パーセントの量が必要である。

(3) 極厚予備紙

極厚予備紙とは、用紙が非常に厚いことから生じる用紙ロス分の予備量であり、実用メーター数の一〇パーセントの量が必要である。

(4) 付帯予備紙

付帯予備紙とは、標準仕様に対して難易度の高い特殊な仕様の印刷物を製造する場合に生じる損紙のことであるところ、本件シールの製造においては、以下のような内容の作業が行われており、これらについての付帯予備紙量を積算すべきであって、本件第三契約についていえば、次の予備紙量を積算すべきである。

ア 表版替 一版当たり二五〇メートル

これは、版を替える度に生じる損失分の予備紙である。版は、その耐刷力との関係から、五万折を印刷する度に一回交換しなければならない。

イ 多色刷り 一色当たり四〇〇メートル

本件シールは二色刷りであるところ、多色刷りの場合、印刷の当初にする色合わせに予備紙が必要である。

ウ ダブルパンチ組付 四〇〇メートル

これは、スプロケットホール(貼付機により高速で貼付してもシールと葉書との間にずれが生ずることのないように、台紙の両端に空ける一定間隔の穴の列)を空ける工程であるところ、その作業を開始する際、適切な位置に適切な寸法の穴を開けるよう調整するのに予備紙が必要である。この工程は、印刷と同一のラインで行われるため、オフセット印刷の場合に必要となる予備紙量の数値として物価資料に掲載されているものを積算する。

エ 特殊ミシン 二〇〇メートル

これは、ミシン目を入れる工程であるところ、その作業を開始する際、正確な位置に適切な深さのミシン目を入れるよう調整するのに予備紙が必要である。工程としては、オフセット印刷よりもむしろ単純な凸版印刷に近いので、物価資料において凸版印刷の予備紙量として掲載されている数値を積算する。

オ 型抜き 八〇メートル

これは、印刷された紙のうちシール部分として用いる部分の型を抜くように切れ目を入れる工程であるところ、これも工程としては、エと同様にオフセット印刷よりもむしろ単純な凸版印刷に近いので、物価資料において凸版印刷の予備紙量として掲載されている数値を積算する。

(5) 原告の主張に対する反論

原告は、付帯予備紙が標準予備紙及び極厚予備紙に含まれるから付帯予備紙を積算しないと主張するが、これは、物価資料のフォーム印刷の積算事例中に付帯予備紙量が明記されていることを全く無視するものである。

印刷工程の当初においては、色合い調整、見当合わせ、慣らし運転の作業をすることが必要であり、また、最後の速度低下運転中の印刷物は良品ではないから、刷り出しの初めと終わりの部分には必然的に用紙のロスが生じる。そのロスは、通常の印刷物の場合で一ロールにつき二〇〇メートルから二五〇メートルにも達するが、フォーム印刷の場合には、印刷された用紙もまたロールで巻き取るほかないこと、機械が小さいためにブランケットの自動洗浄装置という装置が取り付けられず、一定の間隔で人の手でブランケット洗浄をしなければならないことから、用紙ロールを自動的につないで連続運転することができず、ロールを交換する場合は、その都度機械を止めなければならない。しかも、これらのロスは、用紙を交換する度に生じるのであり、これを見込んだものが標準予備紙である。したがって、印刷する折数が増えるとそれだけロール交換の回数が多くなるため、標準予備紙率は、折数が一定限度を超えると低下しなくなる。

本件シール原反一ロールの長さは二〇〇〇メートルであるところ、一ロールごとに二〇〇ないし二五〇メートルのロスが生じるから、印刷に使用できるのは一ロール当たり一七五〇ないし一八〇〇メートルである。しかし、本件シールは六〇〇〇枚連続したものを納入することとされていたから、これを製造するのに必要な本件シール原反の長さは六〇九・五メートルであって、一ロールからは六〇〇〇枚連続したものが三本製造できるかできないかであり、二本しか製造できない場合が非常に多い。この場合、二〇〇〇メートルから六〇〇〇枚分二本に要する一二二〇メートルを差し引いた七八〇メートルは、そのまま損紙とせざるを得ないこととなる。その場合の予備紙率は、実用メーター数の六四パーセントにも上るのであるから、標準予備紙量と極厚予備紙量の合計を二五パーセントとして積算するという被告らの主張は、極めて控えめなものである。付帯予備紙と標準予備紙とは全くそのカバーする場面を異にするのであって、付帯予備紙が標準予備紙及び極厚予備紙の二五パーセントの中に含まれるとする原告の議論は成り立つ余地がない。

(四) 印刷作業代

(1) 版下(原稿をもとに正しい寸法でトレースし、文字などを入れて書き直した製版原稿)の作成料

版下は、校正ミスを防止し、六面(一折分の本件シール六枚)すべてを同一の形状、寸法及び内容のものとするために、本件シール一枚に対応する大きさのものを作成するべきであるから、物価資料において「多色 横八インチ以下×縦八インチ以下」の版下作成料金として掲載されている価格を積算すべきである。本件第三契約についていえば、九〇〇〇円である。

(2) 製版料

前記のとおり版下の段階では六面を作成せず一面(本件シール一枚分)のみを作成するから、その後に写真複写して六面付けをすべきである。したがって、物価資料において「オフセット製版 原版天地一二インチ(縦寸法)迄」の料金として掲載されている価格に多面付割増しとして五〇パーセントを加算する。

本件第三契約についていえば、製版が一版当たり五〇〇〇円であり、二版必要であるから、合計で一万円である。そして、面付割増しとしてこれに五〇パーセントを加算するから、一万五〇〇〇円となる。

なお、版下作成に当たっては、同じ印刷の繰り返しであれば、一面のみを作成し、面付をするのが実務における常識である。すなわち、前記のとおり、校正ミスを防止し、六面すべてが同一の形状、寸法、内容のものとなるように、版下で多面作成をせず、一面のみ作成して、後は写真複写して面付けするのが一般的な作業工程であって、物価資料もこれを前提としている。なお、原告の主張するようにシール六枚の一折に対応した一枚の版下を作成する費用は、面付割増しをする場合よりも高額となる。

(3) 刷版の作成料

本件シール一折の大きさに対応して、物価資料において「オフセット刷版(PS版)原版天地一二インチ(縦寸法)迄」の料金として掲載されている価格を基に積算する。

本件第三契約についていえば、一色一版当たり四〇〇〇円であるところ、二色で一三八版(契約数量が四一二五万枚であるから六八七万五〇〇〇折であり、オフセット版の耐刷限度は一版五万折であるから、六八七万五〇〇〇を五万で除した一三七・五を切り上げた一三八が版数となる。)であるから、一一〇万四〇〇〇円となる。

(4) 基本組付料

組付料とは、印刷物の内容や形状等の仕様設計に合わせて機械をセットする費用であり、物価資料において「オフセット輪転 基本組付料」の料金として掲載されている価格を基に積算すべきである。

本件第三契約についていえば、一色当たり五三〇〇円であり、これに二色刷り割増しとして五〇パーセントを加算し、七九五〇円となる。

(5) 特殊組付料

ア 中間マージナルパンチ(Wパンチ)組付料

これは、本件シールの台紙にスプロケットホールを開ける機械をセットする工程であり、その費用として物価資料掲載の価格を基に積算すべきである。本件第三契約についていえば、二七〇〇円である。

イ 表版替組付料

これは、刷版を取り替える費用であり、物価資料において「特殊組付 版替(表版)組付料」の料金として掲載されている価格を基に積算すべきである。

本件第三契約についていえば、一版当たり一六〇〇円であるところ、版数は一三八版であるから版替は一三七版であり、また二色刷りであるから、四四万一一〇〇円となる。

(6) 印刷代

物価資料を基に積算する。本件第三契約についていえば、一色一折当たり〇・九二円であるところ、これに二色刷りの割増しとして四〇ないし五〇パーセントを、極厚紙印刷の割増しとして二〇ないし二五パーセントをそれぞれ加算し、折数六八七万五〇〇〇を乗じた料金一〇一二万円ないし一一〇六万八七五〇円となる。

(7) 基本組付料及び特殊組付料は印刷代に含め、これを独立して積算しないという原告の主張に対する反論

確かに、印刷数量の増加に伴って印刷料金が逓減する場合はあるが、印刷数量が一定の限度を超えると、固定費のコストに占める割合は極めて小さくなり、コストは変動費の増加に比例して増加することになるから、単位当たりのコストはそれ以上逓減しないのであって、無限に逓減するということはない。すなわち、ロール交換や表版替ごとに、試し刷り、見当合わせ、慣らし運転等をしなければならないから、機械稼働時間中に実印刷時間ではない部分が一定の割合で必要である。したがって、本件シールのように極めて多量の印刷においては、印刷数量が一定限度を超えており、機械稼働時間に占める実印刷時間の割合はほぼ一定となり、単価は減少しない。右の一定限度の折数は「経済ロット」と呼ばれ、物価資料に掲載されている最高折数がこれに対応する。

また、組付は印刷そのものとは異なり、印刷物の内容や形状等の要因によって変わる作業であるから、印刷代とは別に算定されるべきである。

物価資料の積算例をみても基本組付料等が掲載されており、これらの各項目についてすべて積算するのが物価資料の通常の使い方であって、原告の主張は合理的でない。

(五) 加工作業代

これについては、物価資料による積算が困難であり、本件第一見積書及び被告ら及びビーエフが平成四年八月ころ社会保険庁に対しそれぞれ提出した見積書(以下「本件第二見積書」といい、本件第一見積書と併せて「本件見積書」という。)における加工作業代金の見積りを基準とするのが相当である。しかし、同じ工程の作業であっても、それに用いる機械の種類、使用年数、オペレーターの能力・経験など、作業の内容・実態は各企業によって大きく異なり、能率も製造コストも非常な違いがあって、企業により作業項目に得手不得手があるから、一社の全項目を通じた合計額によるべきである。

本件第三契約についていえば、被告らが提出した本件第一見積書の見積価格のうち最も低いものは被告トッパン・フォームズの価格(本件シール一枚当たり一・〇二二円)であり、最も高いものは被告小林記録紙の価格(同一枚当たり一・一八円)であるところ、被告らの見積価格のうちいずれを採用して積算するか決めることは困難であるから、四二一五万七五〇〇円ないし四八六七万五〇〇〇円という幅のある主張をする。

(六) 箱代

本件シールは、折りミシン目を交互に山折り・谷折りとしていわゆるつづら折りにした状態(以下「Z折り」という。)で箱に収納されて納入することとなっていた。その形状は、縦三〇五ミリメートル、横九五ミリメートル、高さ四九五ミリメートルであるから、箱の展開図(〈証拠略〉)に基づき物価資料(〈証拠略〉)により算定すると、箱の単価は四八八・六一円である。本件シール六〇〇〇枚につき一箱が必要であるところ、本件第三契約についていえば、全部で六八七五箱必要であるから、箱代は三三五万九一九四円となる。

なお、原告の主張するC式中型の段ボール箱は、本件シールを収納する段ボール箱とはその形状が全く異なっている。本件シール用の段ボール箱は、右のとおり、特殊な形状のものであるから、市販のものは利用できない。

(七) 諸経費

(1) 本件シールは、特殊な要請に応えるべき特殊な仕様のものであるから、その開発には多大の経費が費やされている。しかし、それらを的確に価格に反映させることは困難であるから、物価資料における諸経費の掲載に基づき、幅のある主張をせざるを得ない。本件第三契約についていえば、前記(二)ないし(五)の合計額の一〇ないし一五パーセントである。

(2) 原告の主張に対する反論

原告は、本件シールの場合、他のフォーム印刷の場合と比較して、シール代金額に占める用紙代(シール原反代)が約八〇パーセントと極めて高いため、シール原反代を加えた額に諸経費率を乗じることになる本件の場合には諸経費の額が他のフォーム印刷の場合に比較して著しく多額になるから、諸経費率は最低の一〇パーセントとすべきであるなどと主張する。

しかし、物価資料において、フォーム印刷の場合に諸経費率を乗じる項目に用紙代が含まれているのは、用紙を大量に必要とし価格の重要な部分を構成するからである。実際、用紙代の比率は、印刷数量が大きくなれば高くなるのであって、そのような場合に、用紙代が高いから諸経費率を低くみるべきであるというのは、物価資料の趣旨に反するものである。原告の主張の不当性は、用紙代の比率が大きければ、瑕疵ある製品を作ってしまった場合の負担が膨大なものとなるということを考えても明らかである。

本訴訟で論ずべき「本件シールの客観的価格」は、実際に被告らと社会保険庁の間でいかなる取引が行われたか、その金額はどのように決定されたかとは関わりなく、本件シールが作られて市場取引された場合の価格であるべきである。したがって、本件シールが開発費用・販促費用等を必要とする製品であれば、現に被告らがそれを負担したか否かとは関わりなく、これらの費用は諸経費として当然考慮されるべき要素である。

また、物価資料によって算定する場合、本件シール原反価格には本件シール原反の開発費用の償却費を含ませることができないから、諸経費率を決める際にこれを考慮することは不当ではない。

さらに、それまでに誰もが全く経験したことのない大量高速貼付の要請に応える製品を社会保険庁に売り込むに当たっては、貼付機による貼付を社会保険庁の係官の前で繰り返し実験するとともに、その要請に応えるべく更なる開発・改良を行う必要があった。したがって、通常よりはるかに多くの販促費・開発費を要したのであり、これが一般管理費・販売経費・利潤などで構成される物価資料の諸経費に含まれることは当然である。

本件シールは特殊でかつ厳しい要求の付せられた製品であり、しかも大量であるから、前記のとおり製品に瑕疵があった場合などの負担は非常に大きなものとなる。諸経費率を考える際には、このような極めて大きい危険の負担も考慮されるべき事項である。したがって、最も低い諸経費率によるという原告の考え方は誤りである。

(八) 運賃

物価資料には一箱当たり一五〇円との記載があり、運賃を見積りに計上するのが印刷業界の通例であるから、一箱当たり一五〇円を積算する。

物価資料における諸経費は、製造原価及び梱包費、運送費等の販売費とは別の一般管理部門の経費に利益を加えたものであり、物価資料のフォーム印刷の積算事例においても、諸経費は、段ボール箱の梱包費や運賃とは別のものとして計上されているから、運賃を積算する必要がないとする原告の主張は失当である。

(九) 被告らが積算した本件シールの客観的価格の相当性

被告らが積算した本件シールの客観的価格は、以下の理由からも相当である。

(1) 本件シールの特殊性

ア 社会保険庁の厳しい要求

社会保険庁の本件シールの仕様についての要求は、次のように極めて厳しいものであった。

第一に、本件シールは、〈1〉葉書に記載されたデータの内容を完全に隠蔽できること、〈2〉葉書の郵送の途中で絶対にはがれないこと、〈3〉一度はがしたら貼り直せないようにすること、〈4〉葉書を受領した者が容易にはがせること、〈5〉はがしたときに葉書の記載内容の改ざんが防止され、かつはっきり読めること、〈6〉葉書と併せて郵便法をクリアーできる重さにすることが要求された。

第二に、大量の本件シールを連続して正確に葉書に貼付できるように、高速の貼付機に対する適性を有していることが必要とされた。また、高速貼付に耐えるため、本件シールの腰を強くし、貼り位置の精度を厳しくチェックすることなどの条件が課された。

これらの要求を実現するため、本件シールは、その開発に極めて大きな苦労と費用を要したのである。この社会保険庁の要求は、品質的にも機能的にも完全無欠といってよいほど高度な製品を求めるものであった上、それまでのシール製品にはなかった加工も求められた。また、支払通知書の金額欄には外枠で囲われたものもあったが、その外枠が貼付したラベルからはみ出して見えてはいけないとの条件も付されていたのである。

イ 右特殊性と価格

本件シールは、これらの特殊性のため、材料について十分な吟味がなされ、製品の品質が安定し、かつ非常に高品質なものとなり、生産コストは一般向けシールの場合に比べて相当割高なものとなった。

すなわち、

〈1〉 アルミ箔やポリエステルフィルム、プルトップ(シール左隅のミシン目が入れられた部分)加工に使うシリコンなど、民間向けシールには使用していない材料を使用した。

〈2〉 葉書への貼付位置を合わせるため、各シールの間に余白を必要とし、また、貼付のタイミングを合わせるため、シール原反にスプロケットホールを設けなければならなかったので、シール原反の両側に余白部分が必要となり、民間向けシールの標準品と比べて、シール一枚当たり約一・一四倍の原反を必要とした。

〈3〉 スプロケットホール作成、プルトップ作成、ミシン入れという工程が必要になった。

〈4〉 本件シールは、その厳密な仕様のため、いわゆる歩留まりが悪く、よくみてもロスが二五パーセントあった。

〈5〉 本件シールはZ折りにして納品しなければならないことから、折り加工の工程が必要となり、さらに最終の仕上げ検査を厳密に二回行わなければならなかった。

したがって、本件シール一枚当たりの価格は、民間向けシールに比べて一円五〇銭程度高くなった。被告大日本印刷の民間向けシール(Sラベル)のうち、本件シールに一番類似しているものは一枚当たり九円一五銭であったから、本件シールは、一〇円六五銭になるというべきである。なお、被告大日本印刷が安田火災海上保険株式会社から受注して製造したシールは一枚一〇円であり、被告トッパン・フォームズの販売実績によれば、第一火災海上保険相互会社のシールは一枚一一円八〇銭、株式会社十八銀行のシールは一枚一〇円、大垣共立銀行厚生年金基金のシールは一枚一四円、第一生命保険相互会社のシールは一枚一〇円である。

(2) 談合により落札価格をつり上げたという事実はないこと

本件シールの価格が談合によって異常に高くつり上げられたという事実はない。前記2のとおり、我が国の社会的風土の中で、印刷業界の特殊な相互協力体制から本件談合が発生し、かつ、社会保険庁の担当者もその業務の安定した遂行のためにこれに関与したものであり、右談合は、被告らが適正利潤以上の利益を求めて行ったものではない。社会保険庁の職員の監視及び関与のもとになされた入札において、異常な価格のつり上げなどできるものではない。本件シールの入札価格は、諸般の事情を勘案した上で適正利潤の範囲内で決められたのである。

なお、被告らやその従業員が競売入札妨害被告事件や独占禁止法違反被告事件において刑事罰を受けたからといって、被告らが本件シールの価格を異常に高くつり上げたということにはならない。

(3) 本件談合発覚後のシールの価格

本年談合発覚後である平成五年度以降の社会保険庁発注にかかるシール(以下「新シール」という。)の落札価格は、極めて安価である。しかし、新シールと本件シールとは、以下のとおり全く仕様を異にしているから、価格を比較対照することはできず、本件シールの客観的価格算定の参考にすることはできない。

すなわち、第一に、両者は原反の構成が全く異なる。新シールは、アルミ箔が使用されず、その代わりに紙に墨印刷したものが使用され、ポリエステル透明フィルムも省略されており、本件シールよりも層構成を非常に少なくしていることから、材料もそれほど使わず、工程も省略されており、これらが価格を引き下げる大きな要因となっている。次に、新シールの仕様については、プルトップがなくなり、検査工程も省略され、ダブルチェックがなされていない。したがって、両者は、同じくシールと呼ばれるとはいえ、全く別異の商品であるといってもよく、価格が異なるのは当然である。

このように、新シールにおいて、原反の層構造を変え、プルトップをなくし、検査工程を省略することができたのは、国民が本件のようないわゆる目隠しシールに慣れてきた一方、社会保険庁も作業について習熟してきたことによる。

(被告トッパン・フォームズ及び同小林記録紙の主張)

(一) 本訴請求は、原告が本件各契約に基づき支払った代金額と原告が受領した本件シールの客観的価格との差額の返還を求める不当利得返還請求であるところ、ここでいう客観的価格とは、原告が被告らの利得の存在を立証する前提となるものである。したがって、本件シールの客観的価格の立証責任は、当然に原告が負うのであり、本件シールの客観的価格が立証できない場合には、本訴請求は利得の存否が不明であるとして棄却されるべきである。

具体的には、原告は、本件シール原反の価格と加工作業代について物価資料に基づかない積算をしているから、この二項目について立証責任を負うべきである。

(二) 本件シール原反の価格についての原告の主張は、狭山化工の被告トッパン・フォームズに対する販売価格がその客観的価格であるというものであるが、右販売価格が客観的価格であるという立証は何もされていない。

したがって、本件シール原反の客観的価格を算出するには、被告らの主張するように、原反の材料の層構成から各構成部分の価格を物価資料により算出するほかない。

(三) 加工作業代についても、原告は本件見積書の価格を基に積算する旨主張するが、右見積価格が客観的価格であるという立証はなされていない。

加工作業代のうちスジミシン、シートカット及び検品・箱入れの各工程については、物価資料に掲載されているから、これを基に積算すべきである。

(原告の主張)

本件各契約は前記のとおり無効であるから、原告は被告らに対し支払った代金全額について不当利得返還請求権を有する一方、被告らは原告に対し納入した本件シールについての不当利得返還請求権を有する。ただ、原告は、本件シールを既に年金受給者に送付しており、現物を返還することが不可能であるため、受領時におけるその客観的価格相当の金銭を返還することになるところ、本件シールの客観的価格は、以下に述べる積算により、別紙6〈略〉原告主張の価格表客観的価格欄記載の額であり、これに消費税相当(三パーセント)を加えた額(すなわち同表正当額欄記載の金額)が被告らに対し返還すべき額となる。

(一) 客観的価格の積算方法についての考え方

本件シールの客観的価格の積算については、原則として、物価資料によるのが相当であり、物価資料に掲載されていないものやこれによることが適切でないものについては、原告の仕様書に即応した取引実例価格又は業者見積価格を採用するのが相当である。

(二) 本件シール原反の単価

本件シール原反の単価は、以下のとおり、一平方メートル当たり三八〇円である。

(1) 本件シール原反の取引実例価格

被告らは、受注した本件シールのほとんどについて、自らはこれを製造せず、狭山化工に下請として製造させる契約を締結した。そして、狭山化工は、大成紙工に本件シール原反を一平方メートル当たり三〇〇円で販売して同社に本件シールを製造させ、同社工場から社会保険庁に対し直接納品させていた。

また、本件シールの一部については、被告トッパン・フォームズが狭山化工から本件シール原反を一平方メートル当たり三八〇円(幅七・五インチ、長さ一メートル当たり七二・三九〇一四四七八〇二円)で買い取った上、自社工場や関連会社であるエイブリィ・トッパン株式会社(以下「エイブリィ・トッパン」という。)において本件シールを製造した。

本件シールの原反の取引実例価格である右の一平方メートル当たり三〇〇円ないし三八〇円は、当該市場における実勢価格最頻値であった。そこで、原告は、本件シール原反の客観的価格について、被告らに最も有利に一平方メートル当たり三八〇円と主張する。

なお、狭山化工の被告トッパン・フォームズに対する右販売価格(一平方メートル当たり三八〇円)は、大成紙工には一平方メートル当たり三〇〇円で販売していたことからもわかるように、狭山化工の十分な利益を含んだ価格であった。

(2) 被告らの積算方法に対する反論

物価資料に掲載されたバリヤメタルホイル(MIL)は、昭和ラミネート工業株式会社が製造販売している商品であるところ、これは、米軍規格に基づく各検査項目に合格し、防衛庁で認定されたもので、特にエンジンカバー、精密機器、電子機器、OA機器などの包装に使用されるものであり、本件シール原反には到底なり得ないものである。これを本件シール原反と比較すると、両者は一部その構造に類似点があるが、その本来の機能及び用途が全く異なるため、その製造工程、販売数量及び販売経路などにも違いがあって、製造単価や販売価格にもかなりの違いがある。

また、バリヤメタルホイル(MIL)は、米軍規格に適合させるために、透湿度試験、衝撃試験、低温振動試験、耐油性、破断の強さなど様々な要求条件を満たすよう試験・検査を経て、製造されているから、このための試験費用などが価格に上乗せされ、割高になる。さらに、バリヤメタルホイル(MIL)は、米軍規格の基準を満たすためにある程度の厚さが必要であり、本件シール原反の厚さが八二ミクロンであるのに対してバリヤメタルホイル(MIL)の厚さは二五二ミクロンであって、一般的に素材が厚くなればコストが高くなるのは明らかである。

仮に、被告らの主張のように本件シールの価格についてバリヤメタルホイル(MIL)を基に積算することが合理的であるならば、本件シールの開発段階や社会保険庁に対し見積りを提出した段階、又は本件談合発覚後に狭山化工が社会保険庁に対して再び本件シールの価格を提示した段階において、バリヤメタルホイル(MIL)を基にする積算が試されていたはずである。しかし、被告らは本件訴訟前にバリヤメタルホイル(MIL)を基に積算したことはなかった。これは、バリヤメタルホイル(MIL)に基づき積算する方法が合理的ではないことを意味する。

したがって、バリヤメタルホイル(MIL)を本件シール原反の客観的価格の積算の根拠とすることはできない。

また、被告らは、一般防湿用バリヤメタルホイルを基にした価格を予備的に主張するが、これもその本来の機能及び用途が異なるため、その製造工程、販売数量及び販売経路などにも違いがある上、その厚さは二二〇ミクロン程度であって本件シール原反の約二・六八倍の厚みを有しているから、価格積算の参考にできないことはバリヤメタルホイル(MIL)と同様である。

(三) 本件シール原反の必要量

本件シール原反の必要量は、以下のとおり、実用メーター数に標準予備紙(実用メーターの一五パーセント)及び極厚予備紙(実用メーターの一〇パーセント)を加えたもの、すなわち、実用メーター数の一・二五倍である。

(1) 純粋に本件シールとして加工される量(実用メーター数)

一折の大きさを幅七・五インチ(一九〇・五ミリメートル)、長さ一二インチ(三〇四・八ミリメートル)として算定すべきである。

(2) 標準予備紙

これは、印刷・加工工程において試し刷り等に消費されることが見込まれる予備分であり、実用メーター数の一五パーセントを積算すべきである。

(3) 極厚予備紙

実用メーター数の一〇パーセントを積算すべきである。

(4) 付帯予備紙について

付帯予備紙は、標準的な印刷工程に付帯した表版替などの特殊な工程において損紙などが発生することをあらかじめ見込んでおく予備分であることから、本件のように発注数量が極めて多量である場合、標準予備紙量及び極厚予備紙量の中に、通常は付帯予備紙量として積算されるべき予備分の紙量も含まれているとみなすべきであり、これは何ら不合理ではない。また、被告ら及びビーエフは、本件シールの指名競争入札を行うに当たって社会保険庁に本件第一見積書を提出したが、その際の見積りでは、いずれも標準予備紙及び極厚予備紙のみを算定し、付帯予備紙を全く算定しなかった。さらに、実際に本件シールを製造していた大成紙工における現実に生じた損紙等の予備紙量は、平成元年九月ころから平成四年一〇月末ころまでの間の平均で二五パーセント未満であった。

したがって、付帯予備紙を積算する必要はない。

(四) 印刷作業代

(1) 版下の作成

本件シールの場合、シール六枚を一折として一折ごとに印刷するのであるから、最初からシール六枚の一折に対応した一枚の版下を作成すれば、版下の価格はその分高くなるものの、製版も一枚で済み、面付は不要となるから、版下、製版及び刷版の合計価格は、被告らの採用した方法より安くなる。したがって、最初からシール六枚の一折に対応した一枚の版下を作成する方法を採用するという前提で積算すべきである。本件第三契約についていえば、版下の作成料は一万〇八〇〇円である。

(2) 製版

前記(1)のとおり、製版の面付割増しは不要である。したがって、本件第三契約についていえば、製版料は一万円となる。

(3) 刷版の作成

被告らの主張について争わない。

(4) 基本組付料及び特殊組付料について

これらの項目を別段積算する必要はない。

物価資料に掲載されている印刷代は、折数が増加するにつれて一色一折当たりの単価が安くなっているが、たとえば一九八九年八月版の物価資料において五〇万折以上の印刷の場合は一色一折当たり〇・九二円としか記載されていない。

しかし、本件シールの発注数量は、折数でいえば、おおむね数百万折ないし千数百万折と極めて多量であったから、これを一律に一色一折当たりの単価〇・九二円として計算するのは相当でない。したがって、基本組付料及び特殊組付料については五〇万折以上の印刷料単価の中に含まれているとみなして計算するのが合理的である。現に、被告ら及びビーエフが社会保険庁に提出した本件第一見積書においては、被告大日本印刷及びビーエフが基本組付料及び特殊組付料を、被告小林記録紙及び同トッパン・フォームズが特殊組付料を加算していなかった。

(5) 印刷代

本件第一ないし第九契約の二色刷りの割増しは四〇パーセントの限度(本件第一〇ないし第一九契約のそれは五〇パーセント)で、極厚紙印刷の割増しは二〇パーセントの限度でそれぞれ加算すべきである。

(五) 加工作業代

被告らが提出した本件見積書に基づき、各項目について最も低い見積価格をそれぞれ積算すべきである。

被告らは、いずれもフォーム印刷業界においては、日本におけるトップ企業であり、少なくとも本件シールのようなフォーム印刷に関する限り、被告ら各社間に大きな隔たりはないと思われる上、競合する印刷会社として、互いに他社と競争して利潤を追求しており、被告らのうち一社がその価格で加工できるのであれば、他の被告らも企業努力によりそれと同じ価格で加工できると判断することが合理的である。また、本件見積書における見積価格は、本件シール原反の価格が本件シール一枚当たりに換算すると七円程度になることを前提として、被告らの担当者が、本件シールの見積りを一枚当たり一〇円から一一円程度の金額にするために相談してつり上げた価格である。したがって、各項目についてそれぞれ最も低い価格を積算するべきであり、その方法には十分な合理性がある。

この方法により算出すると、本件第一ないし第一六契約の本件シールについては一折当たり五・四五六円(一枚当たり約〇・九〇九円)、本件第一七ないし第一九契約の本件シールについては一折当たり五・七一四円(一枚当たり約〇・九五二円)である。

本件談合発覚後である平成五年四月及び同年六月にイセト紙工株式会社(以下「イセト紙工」という。)が落札した新シールの価格は一枚当たり四円五〇銭であるところ、そのうちシール原反の価格を除く諸費用の合計額は七九銭にすぎない。社会保険庁は、新シールの仕様を改めたため、本件シールと新シールの仕様は、プルトップの有無や印刷スピード、一回当たりの印刷枚数などの違いがあるが、これらの要素が考慮され、その分が加算されたとしても、被告ら主張のような印刷・加工代とはなり得ないことは明らかである。

(六) 箱代

物価資料に掲載されたフォーム印刷料金算出の基礎となる段ボール箱のうち、本件シールを入れる段ボール箱の大きさに最も近い大きさ及び形状のものは、C型中型の底面積一七〇インチ平方、高さ二五センチメートルのものであるから、その東京地方における一箱の単価として掲載されている価格に基づき積算すべきである。本件第三契約についていえば、一箱三四〇円である。

(七) 諸経費

物価資料においては、発注量の多少を反映して掲載されている諸経費率に幅があるが、本件における発注量は大量であるので、最も低い諸経費率によるべきであり、諸経費としては前記(二)ないし(五)の合計額に物価資料掲載の最低率(本件第一ないし第四契約については一〇パーセント、本件第五ないし第九契約については一二パーセント、本件第一〇ないし第一九契約については一三パーセント)を乗じた額を積算すべきである。

被告らは、実際には本件シールの製造をほとんど行わず、狭山化工等に全部下請により製造させる契約を締結し、いわゆる外注によって、社会保険庁に納品していたにすぎない。それにもかかわらず、本件シールの特殊性を強調して、自ら負担していなかった開発費用等を根拠に諸経費率を論ずること自体、仮定の議論であって不当である。のみならず、本件シールについて、仮に多額の開発費用を要したとしても、それが本件シール原反についてのことであるとするならば、右原反代に含まれるべきものであって、諸経費とは関係がない。また、被告らの主張は、大量高速貼付の要請に応えるのになぜ多額の販促費用が必要なのか理解に苦しむというべきである。

一般印刷の場合は、諸経費率を乗じる項目が加工高合計だけであるのに、フォーム印刷の場合は、加工高合計のほかこれに用紙代も含めている。しかも、本件シールの場合、他のフォーム印刷の場合と比較して、シールの代金額に占める用紙代(シール原反代)の割合が約八〇パーセントと極めて高い(たとえば、物価資料に掲載されたフォーム印刷の積算実例の場合は、約二九パーセントにすぎない。)。したがって、本件シール原反代を加えた額に諸経費率を乗じることになる本件の場合は、一般印刷と比較した場合はもとより他のフォーム印刷と比較しても諸経費の額が著しく多くなるのであるから、諸経費率は最低率にすべきである。

(八) 運賃

前記のとおり、諸経費の額は本件シール原反代を加えた額に諸経費率を乗じて算出するため、一般印刷等と比較して著しく多額になることから、運賃は諸経費に包含されるというべきであり、これを独立した項目として算定しないことが合理的な算定方法である。したがって、運賃は積算する必要がない。

(九) 原告主張の客観的価格の合理性

原告は、従前から本件シール一枚当たりの客観的価格は平均約六円五六銭とするのが合理的であると主張しているところであり、原告の右主張の正当性は、次のことからも裏付けられる。

(1) 本件各入札における落札価格

本件シールの客観的価格として被告らの主張する価格は、被告らの本件談合によって異常に高くつり上げられた本件各入札における落札価格すら超えるものであり、前記の落札価格決定の経緯や利益の分配など談合の実態から判断すれば、実際の落札価格よりも更に高い価格が本件シールの客観的価格であり得るはずはない。

(2) 狭山化工の販売価格

本件シールの製造を引き受けた狭山化工の販売価格は、平成元年度で一枚当たりおおむね六円五〇銭であり、右価格は狭山化工が被告トッパン・フォームズから一方的に押しつけられたというようなものではない。そして、狭山化工の唯一の競争相手である旭加工紙においても右と同額での販売を行っていたのであり、これは正に右金額において市場価格が形成されたことを示すものである。

6  争点5(本件課徴金納付による不当利得の消滅等)について

(被告らの主張)

仮に本件各契約が無効であって被告らに不当利得があるとされた場合でも、被告らの不当利得は、以下の理由により、被告らが納付した課徴金相当額の限度において消滅ないし減少していると解すべきである。

(一) 被告らは、本件談合について、いずれも既に罰金四〇〇万円の刑罰に処せられている上、課徴金も納付したところ(前記争いのない事実等)、刑事罰と別個に懲罰的制裁を課すことは二重処罰の禁止に触れるおそれがあるから、課徴金は、懲罰的制裁としての色彩を有しないことを前提として存在を許されている。

(二) 独占禁止法七条の二、八条の三及び四八条の二等に規定されている課徴金制度(以下「課徴金制度」という。)と民法の不当利得制度とが両立し得るとした場合、課徴金は実質的には制裁ないし刑罰の性格を有すること必至となり、憲法三九条に違反し、同二九条及び三一条の趣旨にもとることとなる。

また、課徴金が、不当な利得をはく奪する行政措置であって、制裁ではなく「原状回復措置」であるとすれば、民法七〇三条の規定する不当利得にほかならない。

したがって、課徴金制度と民法の不当利得制度とは法条競合の関係に立つものとして二者択一の関係にあると解すべきである。

(三) 課徴金と不当利得返還請求権の金額は、いずれも一定の擬制に基づいて算出された金額であることに変わりがなく、その金額をもって「不当利得額」であると考えることにつき何らの支障もない。したがって、不当利得の返還が先行した場合には課徴金の賦課額の調整を行うことにより、また、課徴金の賦課・納付が先行した場合にはその限度において不当利得返還ないし損害賠償の額を軽減することにより、その調整を行うことが合理的である。

(四) 課徴金の徴収者と不当利得の請求者がいずれも原告であり、既に課徴金納付命令の審決が確定しその納付が完了している本件のような場合には、仮に被告らの不当利得が認められるとしても、納付した課徴金がその限度において原告の不当利得として被告らに返還されるような制度・運用等が存在せず、右のような調整を期待し得ない現状においては、課徴金の納付が不当利得の消滅又は減少の結果を招来するという解釈をすべきである。

(五) なお、損失者が純然たる私人の場合には、課徴金は国から当該私人に還元・返還されるのが筋であり、その還元・返還の方法が講じられていないことをもって、不当利得返還義務と課徴金納付義務との関係が相互に無関係であるとすることは、到底合理的な解釈とはいえない。

(原告の主張)

課徴金制度は、違反行為を禁止する規定の実効性等の確保のための行政上の措置であり、損失者の原状の回復を目的とする不当利得とは全く異なる独自の意義を有する制度である。したがって、課徴金の納付が不当利得の消滅ないし減少をもたらすことはあり得ない。

課徴金制度は、一律かつ画一的な行政的措置として額の算定の容易性等が要請されることから、簡明な算定方法を採用しているが、課徴金としてはく奪されるものは、決して、当該違反行為がなかった場合に想定される収益と、違反行為を行った場合における収益との具体的な差額(増加分)そのものではない。

国庫に対する違反行為者の課徴金納付義務と損失者に対する利得者の不当利得返還義務とは、その趣旨・目的・手続等を異にする。課徴金納付義務と不当利得返還義務とが相互に無関係であることは、カルテルによって損失を被った者が私人であった場合を想定すると明白である。このことは、審決が確定しても同様である。

本訴における原告の不当利得返還請求は、課徴金を課す主体としてではなく、一個の公法人として、いわば民間の企業と同様の立場から取引の無効に基づき求めているにすぎず、したがって、被告らに対し利得を二重に請求するものではない。

第三当裁判所の判断

一  本件の経緯

前記争いのない事実等のほか、〈証拠略〉によれば、以下の各事実が認められる。

1  指名業者選定の経緯

(一) 社会保険庁は、平成元年六月ころ、年金受給者のプライバシー等を考慮して本件シールを採用することとし、本件シールが大量に必要であること、その仕様が厳格で高度の技術が要求されること、年金業務を円滑に行うためには納期どおりに納入してもらう必要があることなどを考慮して、その製造契約を締結する方法としてはいわゆる一般競争入札ではなく、指名競争入札に付すこととした。

(二) 社会保険庁は、指名競争入札の指名業者を選定する内部的基準として、〈1〉厚生省の平成元年度一般競争(指名競争)参加資格を有すること、〈2〉本件シール又は類似のシールを多数製造した実績を有すること、〈3〉必要な原反を確実に入手できることという三要件を設定し、また、右〈2〉を具体的に判断する一つの目安として、社会保険庁シール貼付機等選定委員会において選定されたシール原反を使用したシールを一〇〇万枚以上製造した実績があることという基準を設けた。しかし、関係各業者に対し右製造実績の報告を求めたところ、右各基準をすべて満たす業者は被告大日本印刷、ビーエフ、被告トッパン・フォームズ及びエイブリィ・トッパンの四社のみであり、被告トッパン・フォームズとエイブリィ・トッパンが同系列会社であることからそのいずれか一社のみを指名業者とすることを前提とすると、結局、三社のみとなることが判明した。そこで、社会保険庁総務部経理課第一契約係長として本件シールに関する事務を担当していた金高和男は、自由競争により適正な入札を行うために指名業者数をもう少し増やしたいと考えたが、一旦設定した右基準を安易に変更することは相当でないとして、右製造実績の報告数が一〇〇万枚に満たなかった業者のうち最も多い製造実績(五〇万ないし六〇万枚前後。ただし、右報告数は虚偽であった。)を報告していた被告小林記録紙の星野に対し、指名業者に選定するためには製造実績が一〇〇万枚以上必要である旨伝え、一〇〇万枚以上の製造実績を報告するよう求めた。星野は、これに応じ、被告小林記録紙の製造実績が一三二万枚である旨の虚偽の報告書を提出し、社会保険庁は、被告ら及びビーエフを指名業者に選定することとなった。

(三) 社会保険庁は、平成元年六月二六日、本件シールに関する同年八月九日実施の各指名競争入札の官報公示を行うとともに、右各入札の指名業者として被告ら及びビーエフの合計四社を選定した(同庁は、以後、平成四年まで毎年、本件各入札の指名業者として右四社を選定した。)。

2  狭山化工への発注価格についての交渉の状況

(一) 社会保険庁は、平成元年六月下旬ころ、被告らの担当者に対し、指名通知書と共に本件シールの仕様書を交付し、被告らにも本件シールの仕様が明らかとなった。

被告トッパン・フォームズの従業員で営業担当者であった守田は、従前から狭山化工の塩田との間で本件シールの発注に関し交渉していたところ、同年七月上旬ころ、そろそろ発注金額を交渉してこれを決定しようと考え、塩田に対し本件シールの最終見積りを出すよう求めた。これを受けて、狭山化工の副社長及び塩田らは、同月三日ころ、守田に対し、本件シール一八〇五万枚の価格を一億五五五一万〇三六三円(一枚当たり約八・六一六円)とする見積書(本件シール原反の価格を一平方メートル当たり五八三円として積算したもの)を提出したが、守田は、社会保険庁における入札予定価格は右見積価格ほど高くはないと考えていたことから、その日は契約価格について合意に至らなかった。その後、被告トッパン・フォームズと狭山化工との間で何度か交渉が重ねられた結果、狭山化工は、本件シール一枚当たりの単価を六円五〇銭として受注することになった。

(二) 被告大日本印刷のビジネスフォーム事業部営業本部第三部第一課に所属していた水野谷徳男(以下「水野谷」という。)は、かねて、狭山化工の従業員であった上野靖英(以下「上野」という。)と本件シールの発注等に関し交渉していたところ、本件シールの仕様書を入手した後である平成元年七月ころ、上野に対し右仕様書を示して狭山化工の受注価格を検討させ、交渉をした結果、同社は、本件シール一枚当たりの単価を六円五〇銭として受注することになった。

3  入札価格に関する工作

(一) 社会保険庁は、従来から、入札を実施するについては、物価資料に掲載されている印刷料金を資料として印刷物の入札予定価格に関する積算を行っていたが、本件シールに関しては、本件シール原反代及び加工代について物価資料に右積算の基礎とすべき記載がなく、また、本件シールがまだ広く一般には使われていない特殊なシールであることから参考にできるような具体例もなく、さらに社会保険庁としても初めての入札であって、加工工程等も分からなかったため、手持ちの資料のみを参考にして本件シールの入札予定価格を決定することが困難であった。そこで、社会保険庁は、加工代等の価格を問い合わせてそれを積算の参考とすることとし、平成元年七月ころ、指名業者四社に対し、本件シールの印刷・加工代の参考見積書を項目別に提出するよう依頼するとともに、本件シール原反を製造していた旭加工紙、狭山化工及び同社にシールを委託製造させていたKSシステムズ株式会社(以下「KSシステムズ」という。)の三社を原反メーカーとして指定した上、別途右三社に対し、本件シール原反の価格証明書を提出するように依頼した。

(二) 星野は、従来の経験から、社会保険庁が発注物件の入札予定価格の積算に当たり物価資料に掲載されている印刷料金を参考にしていることを知っていたため、本件シールの印刷・加工代について物価資料を参考にして検討し、一枚当たり一円数十銭程度になるであろうと想定した。

しかし、星野は、社会保険庁の入札予定価格を高く設定させて被告らの利益を十分に多くするためには被告らが印刷・加工代を水増しした参考見積書を提出するだけでは足りず、本件シールの価格の八〇パーセント程度を占める本件シール原反の価格が水増しされなければならないと考え、原反メーカーである狭山化工等をして本件シール原反価格を水増しした見積りを社会保険庁に提出させようと考えた。

そこで、星野は、平成元年七月中旬から下旬ころ、被告トッパン・フォームズの守田を介して、狭山化工に対し、社会保険庁に本件シール原反一平方メートル当たり七〇〇円前後とする見積りを提出してほしい旨依頼した。これを受け、狭山化工は、社会保険庁に対し、本件シール原反の価格につき、一平方メートル当たり六八〇円に水増ししてこれを七・五インチ幅の一メートル当たりの単価に換算した一二九円五四銭と報告した。

また、星野は、被告大日本印刷の水野谷を介して旭加工紙に対し、同様の依頼をした。これを受け、旭加工紙は、社会保険庁に対し、本件シール原反の価格につき、七・五インチ幅の一メートル当たりの単価を一三七円七〇銭(一平方メートル当たりに換算すると約七二二・八円である。)として報告した。

他方、KSシステムズは、自社では本件シールを生産していなかったため、狭山化工が社会保険庁に報告した本件シール原反価格等を基に概算して、本件シール原反の価格につき、七・五インチ幅の一メートル当たりの単価を一三〇円として同庁に報告した。

星野は、指名業者が社会保険庁から報告を求められている参考見積りの額をいくらとして報告すべきかを検討し、印刷・加工代についてもできるだけ多く見積もることとして、本件シール一枚当たりの単価を一〇円ないし一一円とすることに決め、守田、水野谷及び日立情報の担当者であった大京寺克史(以下「大京寺」という。)に対しその旨連絡した。この結果、被告ら及びビーエフは、参考見積価格を本件シール一枚当たり約一〇・〇六円ないし一〇・六三円に水増しした本件第一見積書をそれぞれ社会保険庁に対し提出した。

(三) 社会保険庁は、このように工作された狭山化工等からの報告価格や指名業者四社から提出された本件第一見積書の価格及び物価資料掲載の価格等を基に本件シールの入札予定価格を積算し、Aタイプが一枚当たり約九・四六七円(二〇二八万枚で一億九二〇〇万円)(消費税加算前の価格)、Bタイプが一枚当たり約九・四六一円、Cタイプが一枚当たり約九・四四五円とした。

4  被告らの談合及びそれに基づく入札・契約の状況

(一) 星野は、平成元年八月四日に実施された入札説明会の後である同月上旬ころ、本件シールの入札について談合をすべく、守田、大京寺及び水野谷に対し、被告小林記録紙東京支店の会議室に集まるよう連絡した。

これを受けて、星野、守田、大京寺、水野谷らに加え、被告大日本印刷BF事業部東京第一営業本部営業第三部第一課長であった小松茂(以下「小松」という。)、被告トッパン・フォームズ官公庁営業本部第一部長兼第二部営業部長であった小島淳(以下「小島」という。)、その部下であった古賀幹雄(以下「古賀」という。)らが右会議室に集まり、本件シール入札に関する今後の対応について検討した。その結果、前記争いのない事実等2(三)のとおり、今後、本件シールの入札に当たっては、被告ら及び日立情報の営業担当者らが話合いを行うこと、この話合いにより、「名義」を取る業者、「仕事」を取る業者、「中」に入って利益のみを得る業者を決めること、「名義」を取る業者の利益は受注額のおおむね一〇パーセント、「中」に入る業者はその受注額の四パーセント以上の額を利益として得ること等を談合協定した。

そして、平成元年八月九日実施の各入札に関しては、Aタイプ二〇二八万枚の入札について被告小林記録紙が、Bタイプ三二五五万六〇〇〇枚の入札について被告トッパン・フォームズが、Cタイプ四一二五万枚の入札について被告大日本印刷がそれぞれ落札し、日立情報がいずれも「中」に入るとともに、第一回目の受注であることから何らかの予期せぬトラブルが生じた場合にすぐ対応できるよう、「仕事」は落札した業者が行う旨の談合が成立した(その後、星野は、被告小林記録紙では本件シールを製造する用意ができておらず、全てを外注しなければならない状況であったため、社会保険庁の立入調査を受けた場合には対応できないなどと考えて、Aタイプの「名義」を被告トッパン・フォームズに譲った。)。

(二) 星野は、平成元年八月九日実施の入札において被告ら及びビーエフが入札する金額をいくらとすべきかを検討した。星野は、狭山化工等が社会保険庁に報告した本件シール原反の価格や被告ら及びビーエフが同庁に対し提出した本件第一見積書の見積価格等を基に、本件シールの入札予定価格は一枚当たり九円三〇銭前後ではないかと推測したが、今回が本件シールに関する初めての入札であって入札予定価格が右推測よりも高い可能性もあるため、入札予定価格になるべく近接した価格で落札してできるだけ多額の利益を得るためには、一枚当たり一〇円程度の金額から徐々に入札価格を下げて様子を見ながら入札していく方法をとるのがよいと考えた。また、入札予定価格についての推測が外れて談合により落札することが予定されている被告ら以外の業者が入札の早い段階で落札してしまうのを回避するため、入札価格が九円六〇銭くらいまで下がってからは、落札する予定の被告が常に最低の価格で入札するようにし、さらに、同じ業者が常に最低の価格で入札していると談合が発覚してしまうので、これを防ぐため、予定価格を下回るおそれのない段階では落札する予定ではない業者が最低の価格で入札するようにしたり、二社が同じ価格を入札するようにしたりして、談合が発覚しないようにするのがよいと考えた。星野は、これらの配慮をした上で、被告ら及びビーエフの各回の入札金額を決め、これらを被告トッパン・フォームズ、同大日本印刷及び日立情報の各担当者に電話で指示した。

日立情報では、大京寺が星野の右連絡を受けると、これをビーエフの担当者に連絡した。

(三) 平成元年八月九日、本件シールについて最初の各入札が実施された。

被告らは、星野から指示された金額のとおりに入札し、前記談合内容に沿って、被告トッパン・フォームズがAタイプ及びBタイプを、被告大日本印刷がCタイプをそれぞれ一枚当たり九円四五銭で落札し、それに基づき原告との間で本件第一ないし第三契約を締結した。

(以後の本件談合及びそれに基づく本件各入札、本件各契約の締結、原告及び被告らの履行状況は、前記争いのない事実等のとおりであり、被告らは、談合の事実を知りながら、談合に基づく星野の指示に従って入札し、契約を締結し、原告から代金を受領した。)

5  本件第一、第二契約に関する被告トッパン・フォームズの本件シールの製造状況

(一) 被告トッパン・フォームズは、星野らの了承のもとに、本件第一契約により受注した仕事の一部(Aタイプ二〇二八万枚のうち七四五万八〇〇〇枚)を「回し」の対象から外してもらった上、関連会社である凸版印刷株式会社を通じて、エイブリィ・トッパンに発注した。

狭山化工は、平成元年一二月五日ころ、被告トッパン・フォームズに対し、本件シール原反の価格について一平方メートル当たり三八〇円とする見積書を提出し、そのころ、狭山化工と同被告は右販売価格で合意に至り、その後、狭山化工は、平成二年三月三日ころ、同被告に対し本件シール原反を代金一平方メートル当たり約三八〇円で販売した。

被告トッパン・フォームズは、エイブリィ・トッパンに対し、狭山化工から購入した本件シール原反を代金一平方メートル当たり四一〇円で販売し、エイブリィ・トッパンは、これを使用して本件シールを製造し、平成二年三月二〇日ころ、これを社会保険庁に納入した。

(以後平成四年三月までの間、狭山化工は、被告トッパン・フォームズに対し、数十回にわたって本件シール原反をおおむね一平方メートル三八〇円で販売し、同被告は、エイブリィ・トッパンに対し、これを一平方メートル四一〇円で販売していた。)

(二) 被告トッパン・フォームズは、本件第一、第二契約により受注した本件シールのうちエイブリィ・トッパンに発注したもの以外(Aタイプ一二八二万二〇〇〇枚及びBタイプ三二五五万六〇〇〇枚)については、前記交渉結果に従い、狭山化工を下請けとしてすべて一枚当たり六円五〇銭で製造させた。

狭山化工は、受注した本件シールを自ら製造するのではなく、大成紙工に対し、本件シール原反を一平方メートル当たり三〇〇円で販売し、同社に本件シールを製造させ、その完成品を一枚当たり五円八五銭で買い、これを大成紙工工場から直接社会保険庁に納入させた。

6  本件第三契約に関する被告大日本印刷の本件シールの製造の状況

被告大日本印刷は、本件第三契約を締結したものの、自社で本件シールを製造する予定はなく、狭山化工及び旭加工紙に対し、受注した本件シールすべての製造を一枚当たり六円五〇銭で発注した。

しかし、旭加工紙は、被告大日本印刷から受注した本件シールのうち約六六〇万枚について、受注の際の仕様の確認が不十分だったことなどから、葉書からはがしにくいなどの欠陥を有するものを製造してしまい、社会保険庁に対しこれを納入することができなくなった。

そこで、星野、小島、守田、大京寺らは、この問題について協議を行い、右約六六〇万枚の本件シールについては被告大日本印刷がKSシステムズを通じて狭山化工に対し発注して製造させることとする一方、狭山化工に対して支払う代金については、被告大日本印刷が社会保険庁から支払を受ける代金の中からKSシステムズを通じて狭山化工に支払うこととした。

7  「回し」の状況

星野は、本件シールの各納期に合わせて、その前後ころ、「回し」の方法を決めたが、その際、木場印刷を「回し」に関係する下請業者の中に入れることにより、同社が受領する「回し」の利益に数パーセントを上乗せし、その上乗せした金額の一部をいわゆるリベートとして受け取ろうと考え、同社を「回し」の下請業者として参加させた。

星野が、被告大日本印刷、同トッパン・フォームズ及び日立情報の各担当者に対し、それぞれ当該業者が本件シールを伝票上受注する相手及び発注する相手や一枚当たりの代金等「回し」の内容を指示すると、その各担当者は、それぞれ各社の伝票や公表帳簿等にその旨記入した。

星野は、「名義」を取った業者が社会保険庁から本件シールの代金を受領すると、右各社の担当者に対し代金を決済する日時等を連絡し、これを受け、各担当者は、被告小林記録紙東京支店会議室にそれぞれの会社が振り出した小切手を持ち寄り、それを一斉に交換して「回し」の受注代金と発注代金の決済を行うことによって本件シールの入札による利益を分配した。

8  旭加工紙に対する対応

旭加工紙は、前記欠陥品が不良在庫の形となり、損害を被ったとして、被告ら及びビーエフに対し、その補填を要求した。

これを受けて、星野、水野谷、小松らは、平成二年一月ころから二月ころにかけて、被告小林記録紙東京支店会議室において、この問題の善後策を検討した。右損害の補填は、本来は被告大日本印刷が行うべきものであると考えられたが、旭加工紙の要求が強硬であり、この要求に応じなければ同社と狭山化工との間で問題となっていたシール原反の特許権に関する争いを激化させることになりかねず、そうなると最悪の場合社会保険庁が本件シールの採用を中止する危険すら含んでいると思われた上、被告らは本件シールに関する取引により多額の利益を得ていたことから、本件シールに関する利益を失うことを恐れた星野らは、本件談合に基づく「回し」によって生じた利益で旭加工紙の右損害を補填することを合意した。

その際、被告大日本印刷は、この不始末に対するペナルティとして、以後一、二年間、本件シールについて「名義」や「仕事」は取らず、「中」に入るにとどまることなどを了承した。

9  狭山化工による受注

狭山化工は、本件第一ないし第三契約に関する本件シールの製造を受注した後も、社会保険庁が被告らに発注した本件シールの大部分の製造を受注した上、本件シール原反を製造し(なお、狭山化工は、本件シール原反の製造工程の一部を名糖に発注していた。)、大成紙工に対し、本件シール原反を一平方メートル当たり三〇〇円で販売し、同社に本件シールを製造させており、たとえば、平成元年度から平成三年度までは、社会保険庁が発注した本件シールの約八七・七パーセントの製造を受注していた。被告らが狭山化工に対し支払っていた本件シールの代金は、平成元年度は一枚当たりおおむね六円五〇銭であり、平成二年度以降は、一枚当たりおおむね六円六〇銭であったのに対し、狭山化工が大成紙工に支払っていた本件シールの代金は、一枚当たり五円八五銭であった。したがって、狭山化工は、本件シール原反の販売による利益を除いても、本件シール一枚当たりおおむね六五銭ないし七五銭のいわゆる粗利益を得ていた計算になる。

10  その後の談合の状況

星野は、平成二年度の本件シールの入札に関しても、社会保険庁の入札予定価格を更につり上げるため、平成二年三月中旬ころ、守田を通じて狭山化工に対し、本件シール原反七・五インチ幅の一メートル当たりの価格を一三六円に水増しして同庁に報告してほしい旨依頼するなどした。狭山化工は、これに応じ、同年四月、同庁に対し、本件シール原反の価格は前年度より高い右価格であるとして報告した。

また、旭加工紙も、星野らの意向を受け、社会保険庁に対し、本件シール原反七・五インチ幅の一メートル当たりの価格を前年度と同価格である一三七円七〇銭と報告し、KSシステムズは、前年度より高い単価一三五円と報告した。

(その後平成四年度まで、右三社は、社会保険庁に対し、ほぼ同様に水増しした本件シール原反の価格を報告した。)

11  東翔の関与の状況等

(一) 大京寺は、本件シールの談合において、日立情報が「仕事」を全般的に取れればよいと思っていたが、同社の取引先である旭加工紙のシールは社会保険庁の規格に適合しないため使用できず、また狭山化工については被告トッパン・フォームズがその取引先であることから日立情報は取引することができないため、社会保険庁に納入する本件シールの入手が困難であるという事情があり、「仕事」を取ることができなかった。

(二) 守田は、平成三年三月ころ、被告トッパン・フォームズを退社して新しい会社を設立することを考え始め、その準備を始めた。

これを契機として、大京寺は、守田と交渉してその新会社を日立情報の登録外注工場にすることにより、その会社を通して狭山化工に対し本件シールの製造を発注できる見込みとなった。そこで、大京寺は、今後は「仕事」をすべて日立情報が行いたいと考え、次の談合が行われる前に、被告大日本印刷の担当者らに働きかけた。

(三) 星野ら各社担当者は、平成三年四月、被告小林記録紙東京支店会議室において、同月二五日実施の入札及び同年六月ころの発注が見込まれる次回の入札について談合した。

大京寺は、右談合において、「今後は日立情報を狭山化工の窓口にし、仕事をすべて日立情報にまとめさせてほしい。」旨要求し、これが各社担当者にほぼ認められ、「仕事」については、同年六月ころ発注予定の本件シールのうち約二〇〇〇万枚を被告トッパン・フォームズの「名実分」とするほか、残り全部について日立情報が「仕事」をすることで合意され、同年四月二五日発注分についての「回し」の順序が決められた。

(四) 守田は、平成三年五月一三日ころ、東翔を設立し、狭山化工の代理店として営業活動を始めた。こうして、東翔も「回し」の下請業者として加わることとなった。

12  日本道路公団談合事件発覚後の被告らの対応等

(一) 公正取引委員会は、平成三年夏ころ、被告らも関与していた日本道路公団発注の磁気カード発行券入札談合に関し調査を始め、同年七月、被告大日本印刷や凸版印刷株式会社に対し、同年一一月、被告らやビーエフに対し、立入検査等を行った。これらを契機として、各社は、談合についての対応を迫られることとなった。

(二) しかし、官公庁向け取引においては、入札の指名業者の選定の際それまでの落札の実績が重視されることがあり、業者としては落札すること自体が重要な事柄であった上、被告らの官公庁向け営業担当者は、各社内で課せられている売上目標及び利益目標を達成しないとその営業成績・勤務評定等に影響があるため、全く受注できず、又は受注しても価格競争によりあまり利益をあげられない可能性が高い自由競争を避けて、談合により安定的な売上・利益を確保せざるを得ない実情にあった。

したがって、被告らが談合を完全にやめるためには、それまでとは異なる受注活動の方針及び談合をしないという前提での売上目標を設定するなどの抜本的な方策を採る必要があった。

しかし、被告らの上層部は、伝票の記載自体から談合していることが発覚しやすい「中通し」及び「中通し」をするのに必要となる小切手決済を禁止し、社内の売上目標金額をわずかながら下げることを認めただけで、抜本的な談合防止措置等は採らなかった。

そのため、被告らの官公庁向け営業担当者は、その上層部が「中通し」を禁止しただけであって、談合そのものは続行して安定的な売上・利益を確保せよという意向であり、この目標を達成しない場合には営業成績・勤務評定等に影響するものと考え、更に談合を継続することとした。

(三) また、平成三年暮れから平成四年初めにかけて、業界団体である日本フォーム印刷協議会や被告らなどの業界大手六社の営業担当部長クラスの集まりである六社会が開催され、公共機関の入札に関して行われている談合について話し合われたが、各社とも談合を継続する方針で検討することとされた。

(四) 社会保険庁は、平成四年三月一一日、同年五月一日実施の各入札の官報公示を行うとともに、被告ら及びビーエフに対し指名通知をした。

(五) 公正取引委員会は、平成四年四月、被告大日本印刷や同トッパン・フォームズ等に対し、日本道路公団関係の談合に関し排除勧告を出した。

(六) 被告らの担当者らは、平成四年四月二二日ころ、被告小林記録紙東京支店会議室において、「中通し」をしない新しい談合の方法について協議し、以後、日立情報が「仕事」をまとめ、「名義」については話合いにより被告らで分ける旨合意した。

また、被告らの担当者らは、同月二七日、同会議室において、「中通し」に代わる利益分配方法について検討し、「名義」を取った会社から日立情報に発注する単価を調整して利益を分配するという方法を採ることにした。

13  平成四年に実施された各入札に関する談合等の状況

(一) 被告らの担当者らは、平成四年四月下旬、同年五月一日実施の各入札について談合をした。そして、右各入札は暫定調達分であり発注数量が少ないので、被告小林記録紙が同入札分全部の「名義」及び次回の入札による本調達の際にAタイプが発注された場合にはその「名義」を取ること、被告トッパン・フォームズが次回の入札による本調達分のBタイプの「名義」を、被告大日本印刷が次回の入札による調達分のCタイプの「名義」をそれぞれ取ること、右各入札及び次回の入札の「仕事」を日立情報が取ることなどを決めた。

(二) 星野は、狭山化工等が社会保険庁へ報告した本件シール原反の価格等を基に同年五月一日実施の入札予定価格について、本件シール一枚当たり九円八〇銭くらいの単価で落札できると推測した上、各タイプ共四回目に被告小林記録紙が落札することとし、部下に指示して被告ら各社の入札担当者に右各入札金額を連絡させた。

(三) 平成四年五月一日、本件シールの各入札が実施された。

被告らの担当者は、あらかじめ星野から指示された価格で入札していたが、被告大日本印刷の従業員が、Aタイプ及びCタイプについて、五回目の入札で一枚当たり五銭下げるという指示を受けていたにもかかわらず誤って五〇銭下げた価格で入札してしまい、その結果、談合により決めたところと異なり、被告大日本印刷が九円三二銭で落札してしまった(これにより、同被告は原告との間で本件第一五契約を締結することとなった。)。

そこで、星野、被告大日本印刷公共機構営業本部営業第一部長であった清水義雄(以下「清水」という。)、同被告の従業員らは、同月上旬ころ、二回にわたって右入札の善後策を検討し、被告小林記録紙を例外的に「中通し」の形にして利益の分配を調整することとした。

(四) 被告ら及びビーエフは、平成四年八月ころ、社会保険庁の担当者から本件シールの加工代の参考見積りをするよう依頼された。そこで、被告ら及びビーエフの各担当者は、見積りをいくらとすべきかについて相談して本件第一見積書における見積額に物価上昇分を加算した程度にする旨調整した上、社会保険庁に対し、それぞれ本件第二見積書を提出した(なお、被告大日本印刷の当時の担当者は、本件第一見積書における実際の見積額と一部異なる情報に基づき本件第二見積書の額を決めたため、実際には同被告の印刷・加工代の見積額は本件第一見積書におけるそれよりも低くなった。)。

(五) 平成四年九月一日、本件シールの各入札が実施され、被告らは前記(一)の談合の内容に沿って入札し、それぞれ落札した被告らが本件第一七ないし第一九契約を締結した。

その後、被告らは、原告に対し、右各契約に基づき、それぞれ本件シールを納入した。

14  本件各契約の規模

本件シールと同種類のシールの全市場において、本件各契約による本件シールの取引額が占めた割合は、平成元年は約八三・四パーセント、平成二年は約五七・七パーセント、平成三年は約五五・三パーセント、平成四年(同年四月から一二月までの合計)は約四五・四パーセントであった。

15  談合発覚後の社会保険庁と被告らとの交渉の状況

(一) 星野を含む被告ら従業員数名は、平成四年一〇月一三日ころ、本件シールに関わる平成二年四月及び六月の競売入札妨害の被疑事実で逮捕された。

(二) 社会保険庁の池田課長らは、平成四年一〇月二七日ころ、被告らの担当者に対し、本件第一七ないし第一九契約にかかる本件シールについて、その価格が被告らによって故意に歪められたまま現在に至っていると認識しており、強い怒りを感じている旨、価格の妥当性に疑問を有しており、右各契約は成立させるものの価格については正当であるか検討し、できるだけ早い機会に価格改定の交渉を行いたい旨、また平成元年から現在に至るまでの各契約については損害賠償を求める旨を告げた。

(三) 東京地方検察庁は、前記争いのない事実等のとおり、平成四年一一月二日、東京地方裁判所に対し、星野を含む被告ら、ビーエフ及び日立情報の従業員を本件談合について競売入札妨害罪で公訴提起した。

(四) 狭山化工は、平成四年一一月一二日、被告大日本印刷に対し、昭和六二年から平成元年にかけて本件シールの開発に要した費用一五億円を五年間で償還するためこれを価格に算入するとして、本件シール原反の原価を一平方メートル当たり三八〇円から四八一円九〇銭に増額して本件シールの価格を一枚当たり七円六五銭とする原価計算書を提出し、また、被告トッパン・フォームズに対し、同様に本件シール原反の原価を計算してその販売価格を一平方メートル当たり四八〇円とする見積書を提出し、さらに、被告小林記録紙に対し、本件シール原反を一平方メートル当たり四八〇円とし本件シールの原価を一枚当たり七円六五銭とする計算書を提出した。

また、狭山化工は、同月一九日ころにも、被告小林記録紙に対し、本件シールの価格を一枚当たり七円六五銭とする見積書を提出した。

(五)(1) 被告小林記録紙東京支店長であった鈴木明(以下「鈴木」という。)及び同次長であった鳥山は、平成四年一〇月下旬から同年一一月中旬にかけ、数回にわたり社会保険庁を訪れ、池田課長ほか二名に面会し、発覚した不祥事についての謝罪をした。同庁総務部経理課の担当者は、鈴木及び鳥山に対し、これまで納入を受けたシールについて支払済みの契約金額とその客観的価格の差額について「返還を求める。任意に返還しないのであれば、訴訟を起こす。」旨申し入れた。鈴木らは、談合の事実はあるものの不当な利得はない旨返答した。

また、社会保険庁の担当者は、納期が到来していない分について、「本件シールを納入してくれなければこちらも困る。今さら他に発注するわけにもいかないので、業者の責任としてとにかく納入してくれ。」などと発言し、鈴木らは、これに対し狭山化工作成の計算書(〈証拠略〉)を示して、「今後の分は狭山化工から直接買います。計算書がありますが一枚七円六五銭です。」と説明したところ、同担当者は、「こちらで調べたら六円六〇銭で買えるはずだ。とにかく、今後の分もこちらの指示に従って納入してくれ。」などと言って納入を求めたので、鈴木らはそれに応ずることにした。

(2) 被告小林記録紙は、平成四年一二月九日、社会保険庁に対し、本件第一七契約に基づき、同年一一月二二日納期分の本件シール四万八〇〇〇枚を納入した。

(3) 池田課長は、平成四年一二月一〇日、鳥山及び被告小林記録紙の代理人石原弁護士らに対し、前記争いのない事実等4(一)記載の提案に応ずるよう求めたが、石原弁護士らは、同被告に不当利得はないので右要請に応じるのは困難である旨回答した。池田課長は、同月一七日、石原弁護士に対し、同提案に対する早期の回答を求めた。

(4) 池田課長は、平成五年一月一三日、石原弁護士らに対し、「代金未払い分について、契約を破棄して狭山化工と直接契約したことにするか、契約を生かして代金について合意ができるまで支払を止めるか、暫定的に仮払いするなどの方法が考えられる。」と説明した。これに対し、同弁護士は、「当社の経営上の問題もあるので代金の暫定的仮払いで検討されたい。」と回答した。

(5) 池田課長は、同月二七日、石原弁護士に対し、大蔵省から契約は無効であるとの話があり、同省との協議により本件第一七契約については本件シール一枚当たり代金六円六〇銭として支払い、納期の到来する本件シールは業者の義務として入れてもらうこととする旨説明し、既に代金を支払っているものについては、訴訟をすることになると述べた。

(6) 池田課長は、同年三月三日、石原弁護士らに対し、代金未払いの分については本件シール一枚当たり六円六〇銭を支払う、また既に支払っている代金との相殺による処理も考えていると述べるとともに近日中に要請書を送付するので回答するよう求めた。

(7) その後、社会保険庁から、前記争いのない事実等4(二)記載の通知を受けたことから、被告小林記録紙は、同年三月一六日、池田課長に対し、同被告に不当利得はないことなどを理由に、右通知による要請を断る旨回答した。

(8) 被告小林記録紙は、同年四月二〇日、池田課長に対し、本件供託による同被告に関する供託金を本件第一六、第一七契約の未払代金二億二八〇五万一八八八円及びこれに対する約定の遅延損害金の一部内入金として充当し還付手続をした旨通知し、残額の支払を求めた。

(六)(1) 被告大日本印刷は、平成四年一一月二二日、社会保険庁に対し、本件第一九契約に基づき、本件シール一九四三万四〇〇〇枚を納入した。

(2) 被告大日本印刷の担当者は、同年一二月一〇日、前記争いのない事実等4(一)記載の提案について、池田課長らに対し、「現在、談合罪の刑事被告事件が起訴されたばかりであり、これから司法判断を仰ごうとする段階なので、その判断が下されるまで、当社の回答を猶予していただきたい。」旨口頭で回答した。池田課長は、「本年度締結の契約に基づく本件シールは納入してもらうが、交渉がまとまるまで金は払わない。」旨述べた。

(3) 池田課長は、同月二二日、被告大日本印刷の担当者に対し、本件シールの価格について検察と意見が一致しており、一枚当たり六円六〇銭という案から一歩も引く気がないと述べ、これに対し右担当者は、一枚当たり六円六〇銭では赤字になると述べた。

(4) 被告大日本印刷の専務取締役であった岡内実生(以下「岡内」という。)は、同月二五日、池田課長らに対し、同月一〇日と同趣旨の回答をした。池田課長は、岡内らに対し、未納入の本件シールについて、一枚当たり六円六〇銭が適正な価格と信じていると述べ、次の三つの案を提示した。

a案 刑事事件の結論が出るまで代金の支払を凍結する。

b案 本件シール一枚当たり六円六〇銭の代金をいわゆる仮払いとして処理する。

c案 社会保険庁と狭山化工との直接取引に切り替える。

また、池田課長は、既に納入されている分については支払った代金の返還訴訟も準備している旨述べた。

(5) 社会保険庁の担当者は、平成五年一月八日、栗原に対し、同月一一日にしかるべき者に来てほしい旨電話で伝えた。

栗原は、同月一一日、同庁の担当者に対し、現段階では報告すべきことがないなどと述べたところ、同担当者は、本件第一九契約について、本件シール一枚当たり代金六円六〇銭という案に被告大日本印刷が応じるか、又は契約を無効として扱うかしか考えられないと述べた。

(6) 栗原は、同月一三日、池田課長らに対し、前記c案の検討を進めていると述べた。これに対し、池田課長は、狭山化工との合意が成立すれば同年三月納期の分については契約を切り替えることが可能であると考えている、また、できれば前記b案を検討してほしいなどと述べた。

(7) 栗原は、同月二一日、社会保険庁の担当者に対し、前記c案にしてほしい旨回答した。

(8) 社会保険庁の担当者は、同月二六日、栗原に対し、法務省の見解として、契約は本来無効というのが基本であるから、原状回復の措置をとるか、又は既に納入されているものについても狭山化工が納入したものとみなす方法が考えられるという見解を説明し、いずれかを選択して回答するよう求めた。

(9) これに対し、栗原は、同年二月三日、狭山化工が納入したものとみなす方法を選択する旨電話で回答した。

(10) 社会保険庁の担当者は、同月九日、栗原に対し、前記c案は狭山化工との交渉がまとまらないため断念し、前記b案についても大蔵省に拒否されたため手続をとることが不可能になった旨を告げるとともに、次の提案をして被告大日本印刷の意見を求めた。

〈1〉 契約は、本件シールが納入されていない分も含めてこれを生かした形で手続をとる。

〈2〉 社会保険庁は一方的に本件シール一枚当たり六円六〇銭で代金を支払う。

〈3〉 被告ら各社は、これに対して被告ら各社が訴えを提起し、裁判所などの第三者機関により決着を付ける。

(11) 池田課長は、同年三月三日、栗原に対し、社会保険庁として次の内容の要請状を送付するから、同月一〇日までに回答してほしいと述べた。

〈1〉 本件第一九契約に関する分については、本件シール一枚当たり六円六〇銭で新たに契約を結びたい。

〈2〉 それより前の入札に関するものについては、本件シール一枚当たり六円六〇銭と計算し、原告が支払った金額との差額を返還してほしい。

(12) 被告大日本印刷は、社会保険庁から、前記争いのない事実等4(二)記載の通知を受けて、同月一六日ころ、池田課長に対し、右通知による要請は法的根拠が不明であるなどとして、これを断る旨回答し、社会保険庁に対し、平成四年九月二五日及び同年一一月二二日納期・納入済みの本件シール計一九五一万八〇〇〇枚について、一枚当たり九円五五銭で計算した代金一億九一九八万八八〇七円の請求書を提出した。

(七)(1) 被告トッパン・フォームズは、平成四年一一月二五日、社会保険庁に対し、本件第一八契約に基づき、本件シール二三〇四万六〇〇〇枚を納入した。

(2) 被告トッパン・フォームズの取締役であった松本孝(以下「松本」という。)、加藤らは、同年一二月九日、社会保険庁の担当者に対し、本件シールについて同被告が適正と考える価格について説明したが、同担当者は、本件シール一枚当たりの適正価格は六円六二銭であるとして、既に支払った代金について差額の返還及び未払いの分について代金額の変更を求め、翌一〇日に回答するよう要求した。

(3) 松本、加藤らは、翌一〇日、池田課長らに対し、右(2)の要求に応じるのは困難である旨回答した。

(4) 加藤及び被告トッパン・フォームズの代理人小林哲也弁護士(以下「小林弁護士」という。)は、同月一八日、池田課長らと交渉したが、同課長は本件シール一枚当たり六円六〇銭という価格を譲るわけにはいかないと述べ、小林弁護士らは右価格では了承できないと述べたため、交渉はまとまらなかった。

(5) 社会保険庁の担当者は、平成五年一月一一日、加藤に対し、本件シールに関する問題については同月中に解決したい、価格は本件シール一枚当たり六円六〇銭以外に考えられないなどと述べ、加藤がこれを了承せず、六円六〇銭の仮払いでよいから、平成四年九月及び一一月に納入した本件シールの代金を支払うよう求めたのに対し、社会保険庁としては六円六〇銭を基準としても仮払いをする理由がないなどと述べた。

(6) 被告トッパン・フォームズは、平成五年一月二六日、社会保険庁に対し、本件第一八契約の未払代金の支払を催告した。

(7) 池田課長は、同月二七日、小林弁護士に対し、大蔵省から契約は無効であるとの話があり、同省との協議により本件第一七契約については本件シール一枚当たり代金六円六〇銭として支払い、納期の到来する本件シールは業者の義務として入れてもらうこととする旨説明し、既に代金を支払っているものについては、訴訟をすることになると述べた。

(8) 池田課長らは、同年二月九日、契約が無効であるという見解を示した上、加藤に対し前記(六)(10)で被告大日本印刷にしたのと同様の提案をし、未納入の本件シールについての納入を求めた。

(9) 被告トッパン・フォームズは、同月一六日、池田課長に対し、社会保険庁が契約の無効を主張しており、本件第一八契約のうち平成五年三月納期分の本件シール二三二八万枚を製造しても同庁にその受領を拒否される危険があることから、その製造を停止しており、同庁が確実にこれを受領して代金を支払うとの回答をしない限りその製造を停止したままにする旨通知した。

これを受けて、池田課長は、同日、被告トッパン・フォームズとの間で、〈1〉本件シールの貼付事業の継続の重要性にかんがみ、同被告は右二三二八万枚の本件シール(Bタイプ)を製造し、社会保険庁はこれを受領すること、〈2〉同被告と同庁は、今回の事件の経緯にかんがみ、以後も話合いを継続し、問題の解決に努めることを確認し、その旨を記載した書面(〈証拠略〉)を作成した。

(なお、被告トッパン・フォームズは、〈証拠略〉にかかる合意は本件各契約が有効であること又は無効でないことを前提とするものであると主張し、〈証拠略〉にはこれに沿う部分があるが、右書面には本件各契約が有効であることを示すような記載はないことのほか右認定の経過に照らし、採用することができない。)

(10) 被告トッパン・フォームズは、社会保険庁から前記争いのない事実等4(二)の通知を受けて、同年三月一六日、池田課長に対し、回答に代えて、同被告が新たな契約を締結すべき理由・法的根拠、社会保険庁から受領した代金額等から同庁が適正な価格として算定した額を控除した額を同被告が返還すべき理由・法的根拠等の説明を求めた。

(11) その後、被告トッパン・フォームズは、同月二三日、池田課長に対し、右社会保険庁からの要請を断る旨回答した。

(12) 被告トッパン・フォームズは、同年四月二日、池田課長に対し、本件供託による同被告に関する供託金を本件第一八契約の代金八億三七〇六万六四七七円の一部内入金として充当し還付手続をする旨通知し、残代金二億五七一四万四四三三円の支払を求めた。

16  本件談合発覚後の新シールの入札

社会保険庁は、本件談合発覚後である平成五年度以降の新シールについて、シール原反の仕様をアルミを使わないように改め、また、狭山化工製シークレットラベル(アルミ無し)を除き、プルトップを不要とするとともに、平成五年度の新シールの入札は一般競争入札とした(その結果、入札参加業者が一〇社前後に増加した。)。

本件談合発覚後の最初の新シールに関する入札・契約となった平成五年四月二三日契約分については、エイブリィ・トッパンが一枚当たり四円七九銭及び四円五九銭で、イセト紙工が一枚当たり四円五〇銭でそれぞれ落札した。

二  争点1(二)(公序良俗違反)について

1  本件各契約がいずれも被告らによる本件談合に基づく本件各入札により締結されたものであることは前記のとおりであるところ、星野を中心とする被告らの各担当者は、社会保険庁が予定価格の積算の参考にするため被告らやシール原反製造業者らに対し印刷・加工代や本件シール原反等の見積りを提出するよう依頼したことに乗じて、同庁が設定する入札予定価格を不当につり上げることにより不正な利益を得ようと企て、シール原反製造業者らに働きかけて本来ならば一平方メートル当たり三八〇円程度で販売できる本件シール原反の価格を一平方メートル当たり七〇〇円前後の価格であると同庁に報告させた上、被告ら自らもそのような水増しされた本件シール原反の価格を前提として、印刷・加工代を加えた本件シールの価格について、実際の価格とかけ離れた見積価格を記載した本件第一見積書を同庁に提出し、その入札予定価格をつり上げることに成功したもので、被告らの各担当者は、このような価格工作を前提に、入札価格に関する談合をし(これが競売入札妨害罪ないし独占禁止法違反に該当し、本件談合の一部について現に有罪の判決が言い渡されていることは前記のとおりである。)、あるべき公正で自由な競争を排除したばかりでなく、社会保険庁が設定する入札予定価格に近似する価格で落札することにより、できるだけ多額の利益を得るために、最初は高い価格で入札し、入札回数を重ねて徐々に入札価格を下げ、談合の事実が発覚しないよう予定価格を下回るおそれのない段階では落札予定業者以外の業者が最低価格で入札するなど、本件談合の態様は巧妙かつ悪質というほかはなく、また、その目的・意図も、結局は適正に支出されるべき国庫を犠牲にして自社の利益ないし自己の営業成績等をできる限り増やそうとするものであって、不正なものといわざるを得ない。

狭山化工による本件シールの販売価格等(一枚当たりおおむね六円五〇銭ないし六円六〇銭)及び被告らの各担当者による価格工作、本件談合の内容・経過等に照らすと、本件各入札における各落札価格(すなわち本件各契約における各契約金額)は、公正な自由競争が行われていれば形成されていたであろう落札価格に比し相当高額であることは明らかであり(本件シールの客観的価格に比して相当高額であることは後記のとおりである。)、被告らが本件談合によって得た不正の利益(すなわち本来ならば原告が支出する必要のなかった金員)は、かなりの高額であると認められる。これらは、国民から徴収され、厳格・適正に支出されるべき金員であって、本件談合及びそれに基づく被告らの本件各入札行為の結果は重大である。

被告らは、前記のとおり、いわゆる日本道路公団談合事件が発覚しそれに関する調査等が行われた後も、「中通し」等を禁止したのみで抜本的な談合防止措置を採らず、本件シールに関する入札談合を継続したのであって、その談合体質には根深いものがあるといわざるを得ない。

これらの事実に加え、本件各入札における落札業者及び落札価格は、被告らの各担当者の価格工作等によって、ほぼ被告ら担当者が談合によって決定したとおりの業者及び金額となっているのであって、これに基づいて締結された本件各契約が被告らの一連の工作及び本件談合と極めて密接に関連するものであること等を併せ考慮すると、本件各契約は、いずれも公序良俗に反し無効というべきである。

2  被告らは、我が国の取引構造、本件談合の背景事情、民間における取引と官公庁における入札との違い、過去の社会保険庁の発注品に関する談合の状況、同庁の問題点等を指摘し、本件談合は、印刷業界で慣行化し定着したものとして行われたものであり、談合が慣行化するに至った経過において発注者である社会保険庁にもその責任があること、社会保険庁は談合が行われることを知り、これを容認していたものと考えられること及び落札価格が公正な価格を害するものとはいえないことからすれば、本件談合が本件各契約を無効とするほど違法性が強いものとはいえないと主張する。

しかし、本件各入札における落札価格が公正な価格を害するものであったことは前記認定のとおりであり、社会保険庁が本件各入札を実施するについて、同庁の担当者が被告小林記録紙に対して指名業者としての選定基準に適合するような報告を求めてこれを指名業者としたこと、指名業者として四業者しか指名しなかったこと、本件シールの入札が当初年二回のみであり、初回の納期は入札・契約締結から約一か月後とされ、発注数量は数千万枚であったことは前記認定のとおりであるが、これらの事実等をもって、談合が慣行化するに至った経過において発注者である社会保険庁にもその責任があるとはいえないし、社会保険庁の担当者が、本件各入札において談合が行われることを知り、これを容認していたことについてはこれを認めるに足りる証拠がない。

したがって、被告らの主張するように、印刷業界において、談合が慣行化し定着したものとして行われていたとしても、本件各契約が公序良俗に反し無効であるとの右判断に影響を与えるものではない。

(被告らの引用する前記大審院判決は、競売事件において競買申出が談合に基づいてされた事案に関し、動産株券等の競売は国家機関によってなされる訴訟法上の公法行為であるから、談合があったとの事由のみで競落が当然に無効となるものではないと判示したものであって、本件とは事案を異にし、適切でない。)

なお、被告らは、入札予定価格と落札価格とが極めて近似していたことから、社会保険庁の担当者が星野に対し事前に予定価格に関する情報を伝達し、談合が行われることを知りこれを容認していたと主張する。しかし、本件各入札において入札予定価格と落札価格とが近似したのは、星野が中心となって予定価格に関する工作をしたこと及び同人の従来の経験から、同人が入札予定価格について相当正確に推測できたことに加え、入札価格についても、最初は推測される入札予定価格よりも相当高い価格で入札し、その後回数を重ねて徐々に入札価格を下げていくという方法を採ったことにより、結果として入札予定価格に極めて近い価格で落札されたものと認められる。また、星野自身が、同人の競売入札妨害被疑事件の取調べにおいて、右のような入札方法を採ることにより入札予定価格に近い価格で落札するようにしたほか、最初の入札によって、どのくらいの金額で入札できるのかが分かるので、次回以降は、変動要因については物価資料を参考にして、ほぼ社会保険庁の設定している入札予定価格の見通しをつけることができ、特に、本件シールについては、最初に発注される際に、指名業者が社会保険庁から参考見積りを提出させられたため、同庁が設定する入札予定価格が右参考見積りに近い価格であることは比較的容易に推測できたと供述していること(〈証拠略〉)からも、被告らの右主張はこれを採用することができない。

三  争点2(追認の成否)について

本件各契約は、前記のとおり、公序良俗に反し無効というべきであるところ、公序良俗違反による無効は、当事者の意思の欠缺等を理由とする無効とは異なり、客観的に社会的相当性を欠くことを理由とするものであって、追認等の当事者の意思表示によって有効になるものではなく、また本件談合発覚後における社会保険庁と被告らとの交渉の状況は前記一15のとおりであり、社会保険庁が本件談合の事実を認識しながら、被告らに対し、平成四年九月一日に締結した契約(本件第一七ないし第一九契約)分のシールの納入を要請し、これを受領したが、社会保険庁の右行為は、当面の年金支払業務に重大な支障が生じることを避けるためになされたものであって、本件各契約を有効とすることを前提とするものではないと認められ、これをもって社会保険庁が本件各契約を追認したものともいえないから、本件各契約が原告の追認により有効となったとする被告らの主張は、これを採用することができない。

四  争点3(一)(二)(信義則違反、非債弁済等)について

1  被告らは、社会保険庁の担当者は本件各入札において被告らが談合を行うことをあらかじめ知っており、これを容認して本件各契約を締結し、被告らから契約内容のとおりの本件シールを受領し、年金通知等に使用したのであり、被告らはいずれも本件談合発覚後の社会保険庁の被告らに対する対応等から、本件各契約が有効であることを前提として本件シールを納入したのであるから、その後になって、原告が本件談合が行われたことを理由に本件各契約の無効を主張することは信義則等に反し許されないと主張する。

しかし、社会保険庁の担当者が被告らが談合を行うことをあらかじめ知っており、これを容認して本件各契約を締結したものとは認められないこと、また、社会保険庁が本件各契約が有効であることを前提として被告らに対し本件第一七ないし一九契約にかかる本件シールの納入を要請しこれを受領したものではないことは前記認定のとおりである。

また、社会保険庁が本件談合発覚後被告らに対し、終始一貫して本件シール一枚当たりの単価は約六円六〇銭の価格であると主張し、被告らと右価格の点について交渉を行っていたが合意に至らなかったこと、社会保険庁の担当者は、被告らの従業員が本件談合に関する刑事事件で起訴されたことから本件各入札及び本件各契約について本件談合があったとの認識を持ったが、他の省庁等と本件各契約についての法的評価や扱いについて検討中であったものであり、その検討の経過についても随時被告らの担当者に対し明らかにしていたことが認められ、右事実によれば、社会保険庁が本件各契約についてその契約金額をも含めて有効であると認めたとはいえないこと、本件第一七ないし第一九契約における本件シールの数が大量であり、それらを調達できなければ年金業務という国民の生活に重大な影響を与えかねない性質のものであるにもかかわらず、被告ら以外の者から本件シールを調達することは困難であり、かつそのような状況について被告らも了解していたこと(〈証拠略〉)、被告らは、社会保険庁から本件シール一枚当たり六円六〇銭で新たに契約を締結し、また既に代金を支払ったものについては本件シール一枚当たり六円五〇銭ないし六円六〇銭で計算した額との差額を返還するよう書面で正式に通知を受けた後にも、それぞれ本件シールを納入していること等の事実に照らすと、被告らが社会保険庁の対応等から本件各契約を有効であると信じていたと認めることはできない。

(なお、社会保険庁と被告トッパン・フォームズ間の平成五年二月一六日付書面(〈証拠略〉)が、本件各契約が有効であることを前提として作成されたものと認められないことは前記のとおりである。)

したがって、原告が本件各契約について無効であると主張することが信義則に反し、又は禁反言の法理に反するとは認められない。

2  また、被告らは、社会保険庁が本件各契約の代金を支払ったことは非債弁済に該当すると主張するが、前記のとおり、社会保険庁が、本件各契約に基づき各代金を支払った当時、本件談合が行われたこと、本件各入札及び本件各契約が無効であることを知っていたと認めるに足りる証拠はないから、右主張はその前提を欠き、採用することができない。

五  争点4(被告らの原告に対する不当利得返還請求権の額)について

1  前記争いのない事実等及び〈証拠略〉によれば、社会保険庁は、被告らから納入された本件シールを法律上の原因がないのに利得したが、平成元年一〇月からこれを随時使用していたため、本件納入告知時までには被告らに対し本件シールそのものを返還することが不可能となったと認められるから、被告らは、右当時、社会保険庁に対し、納入した本件シールの客観的価格相当の金銭の不当利得返還請求権を有していたというべきである。

2  〈証拠略〉によれば、本件シールに関し、以下の事実が認められる。

(一) 形態等

原告に納入された完成品としての本件シールの形態は、縦の長さ五〇ミリメートル(Aタイプ)ないし七五ミリメートル(Cタイプ)で横幅七二ミリメートルの本件シール六〇〇〇枚が、幅約九五ミリメートル、長さ約六〇九・六メートルの青い台紙に一列に付いているものである(以下、本件シールが台紙に付いた状態の物を特に「本件完成品」といい、葉書に貼付されるべきシール部分自体を本件完成品ないし台紙と区別して特に「シール部分」という。)。

本件完成品は、シール部分を支払通知書等の葉書の金額欄にラベラーと呼ばれる貼付用機械を用いて連続して貼付することを可能にするため、シール部分が台紙に等間隔に付けられており、その間隔の長さとシール部分一枚の縦の長さの合計がAタイプないしCタイプのいずれも一〇一・六ミリメートル(四インチ)になるように統一され、台紙の両端には貼付のタイミングを合わせるためのスプロケットホールという丸い穴の列が等間隔に開けられていた。また、シール部分には、葉書を受領した者がそれを容易にはがせるように、プルトップ仕様という加工が施されていた。そして、この長さ約六〇九・六メートルの台紙(シール部分六〇〇〇枚が付いているもの)は、三〇四・八ミリメートル(シール部分三枚分)ごとに折りミシン目があり、それが交互に山折り・谷折りに折られた状態(Z折り)で段ボール箱に収納されていた。

本件完成品が収納されていた段ボール箱は、内箱と外箱(蓋)が分離できる形であり、本件シール六〇〇〇枚がちょうど収まる大きさ(内箱と外箱を合わせた状態では、高さ約五〇センチメートル、幅約一三センチメートル、奥行き約三三センチメートル)のものであった(以下「本件箱」という。)。

(二) 製造工程等

本件完成品は、以下のような工程を経て製造されるものである。

(1) 用紙は、最終的にシール部分として加工されるべき白い紙と台紙となるべき青い紙とが擬似的に接着された本件シール原反を用いる。

(2) 印刷工程として、まずシール部分一枚に対応する版下を作成し、これを基に製版し、シール部分六枚(横に二枚、縦に三枚並んでいるものである。)に対応する刷版を作成した上、幅一九五ないし二〇〇ミリメートルで長さ二〇〇〇メートルの本件シール原反に「大切なお知らせです裏面の注意事項をよくお読み下さい 社会保険庁」などの二色の文字等を、シール部分六枚分ずつ連続して印刷する(印刷作業は二列分が同時に行われる。)。刷版は、二色刷りであることから二版作成する必要があるところ、刷版には耐刷限度があり、五万折(シール部分三〇万枚)を印刷するごとに新しい刷版に取り替える必要がある。また、この印刷作業と同じ工程でスプロケットホールを開ける。

(なお、この点に関し、原告は、版下はシール部分六枚に対応するものを作成すべきであると主張するところ、〈証拠略〉によれば守田はこれに沿った供述をしていることが認められるほか、〈証拠略〉によれば、被告小林記録紙、同トッパン・フォームズ及びビーエフは、本件第一見積書においてシール部分六枚に対応する版下を作成することを前提として見積金額を記載したことがうかがわれる。しかし〈証拠略〉にはシール部分一枚に対応する版下を作成する旨の部分があり、印刷の元原稿というべき版下(〈証拠略〉)を作成する場合に、校正ミスを防止する等の理由から、同じ内容のシール部分六枚を並べて作成することは合理的とはいえず、むしろ、一枚に対応した版下を作成した上で、製版段階で六枚分にするのが合理的であると認められるから、原告の右主張は採用することができない。)

(3) 加工工程として、プルトップ仕様のミシン目を入れ(この工程を「スジミシン」という。)、印刷された白い紙のうちシール部分として用いる部分(一枚の大きさ)を、台紙は切らずに白い紙だけ型を抜くように切れ目を入れ(この工程を「型抜き」という。)、シール部分だけを台紙の上に残してシール部分の周りの余分な白い紙を取る(この工程を「カス取り」という。)。その後、二列分である台紙を中央から一列分ずつに切り離し(この工程を「シートカット」という。)、折りミシン目を入れてそれをZ折りに折り、検品をし、六〇〇〇枚のうちに原反のロール替え等で切れ目がある場合にこれをつなぐ作業をした上、本件箱に収納する。

3  そこで、前記争いのない事実等及び右認定事実を前提として、以下、原告の利得額(本件完成品及び本件箱の客観的価格)を項目別に算定する。

(一) 本件シール原反の単価

(1) 被告らは、本件シール原反自体は物価資料に掲載されていないが、本件シール原反の単価は、物価資料に掲載されているバリヤメタルホイル(MIL)の価格を基に算定すべきであると主張し、〈証拠略〉にはこれに沿う部分がある。

(2) しかし、被告らの右主張は、以下の理由により、採用することができない。

ア バリヤメタルホイル(MIL)は、米軍規格(MIL―B―一三一)に基づく各検査項目に合格し、防衛庁で認定された「包装材料」であり、精密機器・電子部品・OA機器、航空機エンジンカバー・各種部品・計器類、自動車用エンジン及び各種部品等の包装用として製造されているもので、米軍規格(MIL規格)の認定試験として、封緘強さ、封緘構造、透湿率、破断強さ、耐老化性、耐ブロッキング性、接触腐食性(包装される製品がフィルムによってさびないこと)、耐油性、耐水性、衝撃試験、低温振動試験(摂氏零下五四度ではがれることなどがないこと)、インキの耐水性という各種試験項目をすべて満たしたものであり、透湿度や引っ張り強度の試験に合格するために厚さが必要であるため、クラフト紙が一平方メートル当たり約九五グラム、ポリエチレン二〇ミクロン、アルミ一二ミクロン、低密度ポリエチレン七〇ミクロンで、全体の厚さが約二五三ミクロンとなっている製品であるが、右のようなMIL規格製品の価格はそうでない製品に比してかなり割高になるとされている(〈証拠略〉)。

これに対し、本件シール原反は、専ら本件シールの材料として製造されたものであって、本来の用途及び機能が異なることから、両者の販売経路、需要者層、販売数量等には相当な違いがあることがうかがわれることのほか、バリヤメタルホイル(MIL)のようにMIL規格製品ではないことから同規格に適合させるための試験・検査を経る必要がなく、本件シール原反(ただし、被告らがバリヤメタルホイル(MIL)と層構成がほぼ同一であるとする部分であり、ポリエステルを除いた部分)は一平方メートル当たり約四〇グラムの紙が使用され、ポリエチレン一五ミクロン、アルミ七ミクロン、ポリエチレン二五ミクロンで、全体の厚さが約八二ミクロンであって(〈証拠略〉)、バリヤメタルホイル(MIL)の厚さの約三分の一にすぎない。

これに、物価資料においては、印刷用紙、加工紙、包装資材等はおおむねその単位当たりの重量又は厚さが併記され、同種の製品であれば重い物又は厚い物の掲載価格が高くなっていること(〈証拠略〉)を考慮すると、MIL規格適合性の要否、販売経路等及び厚さ等の相違が価格に与える影響を無視して、バリヤメタルホイル(MIL)の価格を本件シール原反の価格算定の参考にすることはできないというべきである。

なお、被告らは、本件シール原反も、その開発に多額の費用を要し、その製造においても社会保険庁の厳格な仕様要求を満たすために厳格な試験検査等を経た極めて高度な品質のものであると主張するが、狭山化工が、その仕様等に関し、郵送中に絶対にはがれないことや極めて高速の貼付に耐えること等の社会保険庁の要求に応えるために開発段階で相当程度の試行錯誤や検査等を行い、それに伴う費用等を出捐したことは認められるとしても(〈証拠略〉)、それはMIL規格を満たすための試験・検査等とは基準も目的も全く異なるものであって、右試験検査等がMIL規格を満たすための試験検査に匹敵する費用等を要するものであったかについても証拠上明確であるとはいえない。

イ 本件シール原反とバリヤメタルホイル(MIL)の構成物質等については、被告らの主張によっても、両者の層構成が完全に一致しているという訳ではなく、合計一〇の層から構成される本件シール原反のカバーシート部分(合計五の層から構成されるもの)がほぼ一致するというにすぎず、かつ、両者にはクラフト紙とコーテッド紙という異なる物質が含まれているために本件シール原反の価格の算出に際してはこの差異を考慮して計算しなければならないとされていること(したがって、被告らの主張するところによれば、本件シール原反の価格を算出するためには、バリヤメタルホイル(MIL)中のクラフト紙の価格をコーテッド紙の価格に置き換え、これにポリエステルの価格を加算することが必要となる。)、両者共通の構成物質とされている「ポリエチレン」についても、前記のとおり、バリヤメタルホイル(MIL)に用いられているポリエチレンは低密度ポリエチレンであって、本件シール原反に用いられている物質と全く同一のものといえないこと等からすると、バリヤメタルホイル(MIL)が本件シール原反の価格算定の参考にし得る程度にその構造が類似しているということは到底できない。

ウ 本件シール原反が、狭山化工から委託を受けた名糖がバリヤメタルホイル(MIL)を製造する機械と全く同じ機械を用い、これと同じ方法で製造したものであるとしても、一般に製品の価格がその製造に必要な素材の量や販売経路等によって影響を受けるものであることは前記のとおりであり、狭山化工は、社会保険庁に対し本件シール原反の見積りを提出するに当たっても、また、本件談合発覚後に同庁に対して再度計算をし直したとして本件シールの価格を提示した際にも、バリヤメタルホイル(MIL)の価格を根拠とする積算を行ったことはないこと(〈証拠略〉)等に照らすと、右事実のみをもって、バリヤメタルホイル(MIL)が本件シール原反の価格算定の参考に適しているということはできない。

(3) 被告らは、予備的に、一般防湿用バリヤメタルホイルはその層構造において本件シール原反と何ら異なるところはなく、インスタントラーメンの容器の蓋、薬の袋等日常生活用品として広く用いられているものであり、バリヤメタルホイル(MIL)や本件シールに要求されるような高度な仕様のものではなく、厳しい試験・検査を経ることもないから、本件シール原反の価格が一般防湿用バリヤメタルホイルの価格を下回ることはないとして、これを基に本件シール原反の単価を算定すべきであるとも主張する。

しかし、〈証拠略〉によれば、一般防湿用バリヤメタルホイルの構造は基材(セルロース)、樹脂層(ポリエチレン)、アルミ箔層及び樹脂層(ポリエチレン)であると認められるが、これだけで一般防湿用バリヤメタルホイルが本件シール原反の価格算定の参考にし得る程度に層構造において類似しているということはできない上、販売経路等及び厚さ等の違いが価格に与える影響を与えるものであることも前記(2)アと同様であるから、一般防湿用バリヤメタルホイルを基に本件シール原反の価格を算定することが相当であるとも認められない。

(4) 以上のとおり、本件シール原反の価格については、物価資料に掲載されておらず、被告らの主張するように、その客観的価格の算出について、物価資料に掲載されているバリヤメタルホイルを参考とすることもできないというべきであるところ、本件完成品の材料に用いられた本件シール原反は狭山化工が平成元年から平成四年にかけてその大部分を製造していたこと、狭山化工は被告らから本件シールを受注した上、大成紙工に本件シールの製造を発注し、その材料として同社に対し本件シール原反を一平方メートル当たり三〇〇円で販売していたこと、狭山化工が、平成元年一二月五日ころから平成四年三月にかけて数十回にわたり、被告トッパン・フォームズに対し本件シール原反を一平方メートル当たりおおむね三八〇円で販売しており、同被告がエイブリィ・トッパンに対しこれを一平方メートル当たり四一〇円で販売していたことは前記認定のとおりであり、右各取引における価格に関する交渉・決定過程等に特に不自然不合理とすべき点は認められず、右価格による取引が二年間以上にわたり継続していたこと、被告トッパン・フォームズのエイブリィ・トッパンに対する販売価格一平方メートル当たり四一〇円は狭山化工からの購入価格一平方メートル当たり三八〇円に利益を加えた価格であるとうかがわれること、右各取引以外に本件シール原反の取引の実例等は見当たらないことから、右価格をもって実勢価格であると認めることもあながち不合理とはいえないこと等を併せ考慮すると、本件シール原反一平方メートルの客観的価格は本件各契約について三八〇円と認めるのが相当である。

(5) 被告らは、狭山化工の被告トッパン・フォームズに対する本件シール原反の販売価格一平方メートル当たりおおむね三八〇円という価格は市場における価格決定のメカニズムが機能した結果決まったものではないなどと主張し、〈証拠略〉は狭山化工が被告トッパン・フォームズに三八〇円という価格で押し切られたのであって右価格では一平方メートル当たり一〇〇円ないし一二〇円の赤字であると考えた旨証言するほか、〈証拠略〉には、右三八〇円という価格は両社の力関係で決まったにすぎないという趣旨の部分がある。また、狭山化工が被告トッパン・フォームズに対し当初本件シール原反の価格を一平方メートル当たり五八三円として積算した見積書を提出したことは前記認定のとおりであるほか、〈証拠略〉には、狭山化工が本件シール原反の価格を一平方メートル当たり六八八円と算出した旨の記載がある(なお、〈証拠略〉については、〈証拠略〉が、平成元年七月二四日に同社の営業管理要員が物価資料方式で作成したものであると証言しているところである。)。

しかし、〈証拠略〉は、いずれも両社の力関係又は営業レベルの力関係によるという抽象的なものにとどまる上、〈証拠略〉はいずれも三八〇円という価格の決定の具体的経緯について知らない旨証言し、〈証拠略〉もその供述内容から具体的な交渉経過は知らないものと認められることのほか、狭山化工の被告トッパン・フォームズに対する本件シール原反や本件シールの販売価格の交渉経過等については、直接交渉を担当した塩田及び守田が詳細に供述しているところであり(〈証拠略〉)、これによれば、塩田は、狭山化工と被告トッパン・フォームズとの本件シール原反に関する取引の交渉過程において特にもめたことはなく、三八〇円という価格は狭山化工として検討した価格であって、この価格が原価割れした赤字の価格であると聞いたことはない、被告トッパン・フォームズに納入していた本件シールが六円五〇銭と決まった際の価格交渉についても、狭山化工として同被告から圧力をかけられたり、無理を強いられたりしたことはない、狭山化工がいわゆる正月返上で製造せざるを得なかった分や、失敗した分についてはその費用を販売価格に上乗せすることを要求し、これが受け入れられていたなどと供述し、守田もこれとほぼ同趣旨の供述をしていることに照らすと、前掲各証拠は、にわかにこれを採用することができないというべきである。

また、狭山化工は右販売価格による本件シール原反の取引を任意に二年間以上継続していたのであって、狭山化工がこれよりも高い見積価格を提示したことがあるとしても、それは価格交渉の一場面でのことにすぎないから、狭山化工が本件シール原反について一平方メートル当たり三八〇円という価格より高い見積価格を提示したことがあることのみをもって、右三八〇円という価格が市場における価格決定のメカニズムが機能した結果ではなく、狭山化工と被告トッパン・フォームズの力関係のみで決まったとまでは認められない。

さらに、被告らは、守田と塩田との関係は特殊であったことから、右三八〇円という価格となったなどと主張し、〈証拠略〉によれば、塩田が守田から正規の趣旨とはいえない金銭を数回受け取ったことがあること(塩田は、右金銭の授受は本件シールに関する価格交渉に際してなされたものではないと供述している。)、塩田が守田の設立した東翔の監査役に就任したことは認められるが、右各事実をもって、塩田と守田がある程度親密な関係にあったこと以上に、両名がその特殊な関係から、本件シール原反の価格を狭山化工の採算等を全く度外視した形で決定したとの事実を確認することまでは到底できない。

(6) 被告らは、狭山化工は、昭和六二年から平成元年までの間に、本件シール原反の開発に一五億円を投入したのであるから、同社は、平成四年一一月一二日に被告大日本印刷に対し、本件シールの開発に要した右金員を償還するため、開発費に見合った金額を価格に算入するとして、本件シール原反価格の値上げ(シール一枚当たり一円四一銭の増額)を通告するまで、本件シール原反の価格は適正な価格から一枚当たり一円四一銭も低い金額に設定されていたことになると主張し、〈証拠略〉にはこれに沿う部分があり、また、狭山化工が平成四年一一月一二日に被告大日本印刷及び同トッパン・フォームズに対し本件シールの開発に一五億円を要した旨を記載した書面を提出したことは前記認定のとおりである。

しかし、右各書面は本件談合発覚後に提出されたものであり、「昭和62・63・平元で15億円の開発費を要した。」と記載されているのみであること(〈証拠略〉)、〈証拠略〉も昭和六二年から平成元年にかけての狭山化工の決算書において合計約一五億円の繰延資産(試験材料費)を計上したというにすぎず、その大部分が本件シールの開発費に相当すると証言するものの、その内訳について何ら具体的な証言はなく、その裏付けの証拠もないことからすると、右各証拠をもって、狭山化工が本件シール原反の開発に一五億円を投入したと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。また、狭山化工が、本件シールの開発費等として相当額を支出したとしても、それが必ず製品価格に転嫁することができる性質の支出であったと認めるに足りる証拠はないばかりか、狭山化工が、被告トッパン・フォームズに対し、当初の本件シール原反に関する価格交渉の際に、開発費用等を考慮した価格設定を要求せず、その後も、開発費用を理由として価格の値上げを申し入れることができたものと認められるにもかかわらず、これをしないまま、本件談合発覚に至るまで、二年間以上にわたり本件シール原反等を原価割れの価格で販売してきたとは考え難いこと等に照らすと、被告らの前記主張を認めることはできない。

(7) 被告らは、狭山化工が神崎製紙から資金援助を受け、また新王子製紙の子会社にその営業権が譲渡されたのは、本件シール及び本件シール原反の販売価格が異常に安いものであったことによるものである旨主張し、〈証拠略〉はこれに沿う部分があるものの、〈証拠略〉は右資金援助を受け始めた時期について平成三年一二月と証言していたが、その後、本件第一契約よりも相当前である昭和六三年一二月ころと供述内容を変遷させているところ、仮に神崎製紙の資金援助を受け始めたのが昭和六三年一二月ころとすれば、少なくともその時点では本件シール原反等の販売価格が資金援助を受ける原因となっていないことは明らかであることのほか、〈証拠略〉によれば、過大な設備投資等、他の原因によって狭山化工の業績が悪化した可能性が認められること等を考慮すると、右各証拠は採用できず、神崎製紙からの資金援助及び狭山化工の営業権譲渡の各事実をもって、本件シール又は本件シール原反の販売価格が異常に安いものであったと推認することもできない。

(8) 被告らは、狭山化工の大成紙工に対する本件シール原反の販売価格一平方メートル当たり三〇〇円との金額については、大成紙工が狭山化工の一部門という関係であることから、市場とは無関係に経理処理上の必要から決められたものであると主張し、〈証拠略〉は、右価格が大成紙工の取締役であった神谷正義(以下「神谷」という。)との交渉により狭山化工の本件シール販売価格(一枚当たり六円六〇銭)から大成紙工の印刷・加工代等を逆算して決められたものであって、利益や開発費が全く含まれていなかった旨証言し、また〈証拠略〉によれば、狭山化工と大成紙工とはその各社長が親戚関係にあり、狭山化工の社長が大成紙工の株式を保有していたこと、また両社は営業上も関わりが強かったこと及び神谷は右三〇〇円という価格が狭山化工から提示されたものであって、交渉の余地はなかったものであり、本件完成品の取引価格(一枚当たり五円八五銭)も同社から提示されたものであると供述していることが認められる。

しかし、右各証拠によれば、神谷は、一方で、具体的にどのような交渉の経過で原反の価格が決まったかは知らないとも、両社の経理や経営は独立していたとも供述しているほか、〈証拠略〉によれば、狭山化工が本件シールの印刷を大成紙工に依頼するに当たって、狭山化工の希望代金は一円六〇銭程度であったにもかかわらず、結果的には二円八五銭となったことがあるというのであって、狭山化工と大成紙工との間の取引関係は、どちらかの希望がそのまま通るような関係ではなかったと認めるのが相当であるから、狭山化工が大成紙工に言われるがままに販売価格を決めたかのような〈証拠略〉は採用することができず、他に被告らの主張を認めるに足りる証拠はない。

(9) 被告らは、本件シールの客観的価格の算出に当たり、本件シール原反の実際の取引価格を積算要素とすることは、積算の基礎に特別の事情を前提として決定された取引価格を採用することになり、客観的価格を算定するという目的に反するから許されないなどと主張するが、本件シール原反の価格が特別の事情を前提として決定されたものではないことは前記認定のとおりであり、本件シール原反のようにその価格が物価資料に掲載されていないものについて、その客観的価格を算定する場合に、実際の取引実例価格や業者見積等を調査し、取引実例が最も多い価格(最頻値)に基づいてその価格を積算することは、合理的な客観的価格の積算方法として許されるものというべきであるから、被告らの右主張は採用することができない。

(二) 本件完成品を製造するのに必要な本件シール原反の量

(1) 〈証拠略〉によれば、本件完成品に純粋に使用される本件シール原反の量(以下「純必要量」という。)は、一折(シール部分六枚)当たり長さ三〇四・八ミリメートル(一二インチ)、幅一九〇・五ミリメートル(七・五インチ)であると認められる。

また、物価資料〈証拠略〉によれば、印刷・加工等の工程において消費する予備紙として、右純必要量の二五パーセントの量が必要であると認められ、これは直接に本件完成品に使用されるものとはいえないものの、本件完成品の客観的価格の積算に当たっては、製造工程において必要不可欠なものとして原告の利得額に加算するのが相当であると認められる。

(2) この予備紙の点に関し、被告らは、本件シールの場合には、標準予備紙として実用メーター数の一五パーセント及び極厚予備紙として実用メーター数の一〇パーセントの合計二五パーセントに加え、難易度の高い特殊な仕様の印刷物を製造する場合に生じる損紙である付帯予備紙を積算すべきであると主張し、その根拠として、物価資料に付帯予備紙量を加算する旨の記載があることを指摘するほか、本件完成品を製造するに当たっては純必要量以外にも大量の本件シール原反が消費されると主張する。

物価資料(〈証拠略〉)には、表版替、多色刷り、ダブルパンチ組付、特殊ミシン、型抜きの作業がある場合には、更に右各項目ごとに付帯予備紙量が追加される旨の記載があるものの、被告ら及びビーエフは、本件各入札に先立って、社会保険庁に対し、本件完成品について用紙代、加工作業代等の項目ごとに本件見積書を提出しているところ、これによれば、被告トッパン・フォームズ、同小林記録紙及びビーエフは、いずれも本件第一見積書(〈証拠略〉)において用紙代として実用メーター数のほか標準予備紙と極厚予備紙分を見積もるのみで、付帯予備紙は見積もっていなかったと認められるから(なお、被告大日本印刷は、本件第一見積書(〈証拠略〉)において予備紙分として約二七・七五パーセントを見積もっているものの、これがいかなる根拠に基づいていたものかは明確でない。)、右付帯予備紙のように、特殊な製造・加工工程において特に生じると見込まれる損紙のうち標準予備紙及び極厚予備紙では補えない費用等は、加工作業代の見積りの中に含めて考慮すれば足りるものというべきである。したがって、後記(四)のとおり、本件見積書を基に加工作業代を算定する以上、標準予備紙及び極厚予備紙で補われない費用等すなわち付帯予備紙に関する費用等は、これを付帯予備紙量として独立して積算する必要はないというべきである。

(なお、被告らは、付帯予備紙を積算すべき根拠として、二〇〇〇メートルの本件シール原反一ロールから六〇九・五メートルの本件完成品が二つしか製造できない場合が多いとも主張するが、本件各契約上は、本件シール(シール台紙)はつなぎ目なしの連続とされているものの、やむなく切断箇所が入る場合は、六〇〇〇枚のシールの二箇所を限度として接続用テープで接続することが認められており(〈証拠略〉)、榊原も「一箱六〇〇〇枚のうちに原反のロール替え等で切れ目がある場合の繋ぎ作業」という工程がある旨供述していること(〈証拠略〉)、また、被告大日本印刷の従業員である嶋田正昭は、二〇〇〇メートルの本件シール原反から本件シールが三万六〇〇〇枚製造できる(二列製造する前提であるから一列では本件完成品が三つできることになる。)旨供述していること(〈証拠略〉)を考慮すると、被告らの右主張も理由がないというべきである。)

(三) 印刷作業代

(1) 版下の作成、製版

前記2で認定した事実及び物価資料(〈証拠略〉)によれば、版下の作成、製版に必要な費用は、本件第一ないし第三契約についていずれも二万四〇〇〇円(版下作成費用九〇〇〇円、製版費用一万五〇〇〇円)、本件第四ないし第九契約についていずれも二万四二〇〇円(版下作成費用九二〇〇円、製版費用一万五〇〇〇円)、本件第一〇ないし第一四契約についていずれも二万五七〇〇円(版下作成費用九二〇〇円、製版費用一万六五〇〇円)、本件第一五ないし第一九契約についていずれも二万七六〇〇円(版下作成費用九六〇〇円、製版費用一万八〇〇〇円)と認めるのが相当である。

(2) 刷版の作成

刷版の作成費用については、前記のとおり本件シール一折に対応した刷版を五万折ごとに二版作成すべきところ、それを物価資料に基づいて算定すると一版当たりの費用は、本件第一ないし第一四契約についていずれも四〇〇〇円、本件第一五ないし第一九契約についていずれも四一〇〇円と認められる。

(3) 基本組付料及び特殊組付料

ア 物価資料(〈証拠略〉)のほか〈証拠略〉によれば、基本組付料として、本件第一ないし第九契約についていずれも七四二〇円、本件第一〇ないし第一四契約についていずれも八五四〇円、本件第一五ないし第一九契約についていずれも九三八〇円を、スプロケットホールを開ける機械の組付料として、本件各契約についていずれも二七〇〇円、五万折印刷するごとに一回ずつ刷版を取り替える費用として、本件各契約についていずれも一回当たり三二〇〇円を積算するのが相当であると認められる。

イ この点に関し、原告は、本件シールの発注数量は極めて多量であったから、基本組付料及び特殊組付料は印刷代に含まれるとして、独立に算定すべきではないと主張する。

確かに、後記(4)のとおり、物価資料(〈証拠略〉)によれば、一色刷り一折当たりの印刷料は総印刷折数により異なっており、たとえば一九八九年八月版の物価資料(〈証拠略〉)では、これが一万五〇〇〇折未満の場合は一・六一円であるが、総印刷折数が増えるに従って徐々に単価が安くなり、三〇万折以上五〇万折未満の場合は〇・九五円、五〇万折以上の場合は〇・九二円であると記載されているものの、物価資料によっても、五〇万折以上の場合に総印刷折数が増えるに従って更に印刷料が逓減するかどうか、また、逓減するとしてもどの程度逓減するかについては明確でないといわざるを得ない。また、本件各契約の中には、数量が三五五万八〇〇〇枚(五九万三〇〇〇折相当)のもの(本件第一〇契約)、七三六万二〇〇〇枚(一二二万七〇〇〇折相当)のもの(本件第一一契約)などがある上、一つの契約においても複数の納期に分けて本件シールを納入すべきこととされ、実質的にみれば納期ごとの数個の契約という側面もあったというべきであることからすると、必ずしも右各費用を印刷代に含めるのが合理的であるとまでは認めることができないから、原告の右主張は採用することができない。

(4) 印刷代

印刷代については、物価資料(〈証拠略〉)に掲載されている二色刷り及び極厚紙印刷の割増率には幅があるところ、本件シールの場合に、二色刷り及び極厚紙印刷の割増し費用について、右各掲載割増率の最低率を超える割合を積算するのが相当であると認めるに足りる証拠はないから、本件第一ないし第九契約の二色刷りの割増し費用として四〇パーセント、本件第一〇ないし第一九契約のそれとして五〇パーセントを、本件各契約の極厚紙印刷の割増し費用として二〇パーセントを積算することとし、一折(本件シール六枚相当)当たりの印刷代は、本件第一ないし第九契約についていずれも一・四七二円、本件第一〇ないし第一四契約についていずれも一・五九八円(ただし、本件第一〇契約のうちCタイプ一万四〇〇〇折については一折当たり二・八二二円)、本件第一五ないし第一九契約についていずれも一・六三二円(ただし、本件第一五契約のうちCタイプ三万折については一折当たり二・六一八円)と認めるのが相当である。

(四) 加工作業代

(1) 本件完成品の製造における加工作業に関する費用については、型抜き、カス取り、スジミシン、シートカット、Z折り、検品及び箱入れに要する費用を本件完成品の客観的価格に算入するのが相当であるところ、〈証拠略〉によれば、本件見積書における右各加工作業代の見積りは、別紙8〈略〉記載のとおりであると認められる。

(2) 本件完成品の仕様は、前記のとおり特殊なものであることから、各加工作業代の算定について、物価資料に掲載されている一般的な加工作業の料金を基に積算することはできない。他方、別紙8〈略〉記載の本件見積書における価格は、前記一で認定したとおり星野を中心とする被告ら及びビーエフの担当者らが話し合って決めたものではあるものの、物価資料(〈証拠略〉)に掲載されている一般的な加工作業の料金と比較しても特段不合理な価格ではないから、その額は加工作業代を算定するに当たって参考にすることができるというべきである。

ただ、本件見積書における右価格については、被告ら及びビーエフの各担当者が各項目ごとに厳密に採算等を調査して決めたというよりは、右各作業を一連のものとしてとらえ、その合計額を考慮して各項目の見積額を決めたことがうかがわれるから(〈証拠略〉)、各項目ごとの金額を参考にすることは適当ではなく、各見積書の加工作業代合計額を参考に積算するのが適当である。

そうすると、本件第一見積書における加工作業代のうち最も安い合計額は被告トッパン・フォームズの一折当たり六・一三二円であり、本件第二見積書におけるそれは被告大日本印刷の一折当たり五・九円であるから、本件完成品の客観的価格としての加工作業代は、右各価格によって算定するのが相当である。したがって、一折当たりの加工作業代は、本件第一ないし第一六契約についていずれも六・一三二円、本件第一七ないし第一九契約についていずれも五・九円と認めるのが相当である。

(3) なお、被告トッパン・フォームズ及び同小林記録紙は、右各加工作業のうち、スジミシン、シートカット、検品及び箱入れの費用は物価資料に掲載されているからこれに基づいて算定すべきであると主張し、〈証拠略〉にはこれに沿う部分がある。しかし、物価資料(〈証拠略〉)によれば、物価資料に価格が掲載されている「すじミシン」とは四六判換算九〇キログラム以上の厚い連続フォーム(たとえば証券用紙など)に折りぐせをつけるため施すミシン目のことであって、本件完成品の製造工程においてスジミシンと称されていた作業と同一のものとは認められないこと、被告ら及びビーエフの担当者は、本件完成品の製造における加工作業については、これを一連のものととらえて、これに要する費用合計額を算定して本件見積書を作成していたことがうかがわれること等に照らすと、〈証拠略〉は、前記認定を覆すものではない。

(五) 箱代

(1) 前記2(一)で認定した事実によれば、本件箱は、本件完成品を収納するためにその大きさに合わせて作られたものであることが認められるところ、前記認定の諸事実及び〈証拠略〉によれば、物価資料(〈証拠略〉)に掲載されている印刷物収納用の段ボール箱の価格は最も大きいもの(底面積二三〇インチ平方・高さ二五センチメートル)でも一箱三六〇円(平成元年八月)ないし三八〇円(平成四年八月)であること、本件箱を製造するに当たって必要な段ボールの量は右箱を製造するのに必要な量を超えることはないと考えられること、被告ら及びビーエフは、本件第一見積書において一箱の価格を二〇〇円ないし三六〇円と見積もっていたこと、本件箱の見積りないし仕入れ価格に関する〈証拠略〉は三六〇円から五〇〇円まで様々であること、本件各契約における本件箱の所要数量が非常に多いことが認められ、これらの各事実を総合考慮すると、本件箱の客観的価格として原告が利得した額は、一箱当たり、本件第一ないし第九契約についていずれも三六〇円、本件第一〇ないし第一四契約についていずれも三七〇円、本件第一五ないし第一九契約についていずれも三八〇円と認めるのが相当である。

(2) これに対し、被告らは、本件箱の展開図に基づき物価資料により算定すると一箱四八八・六一円であると主張し、〈証拠略〉にはこれに沿う部分がある。しかし、右認定事実のほか、〈証拠略〉には種々の段ボールシート及びその各価格が掲載されているところ、本件箱の価格の算定に当たって被告らの主張する段ボールシートの掲載価格を選択することが合理的であると認めるに足りる証拠はないこと(〈証拠略〉)においても、この点について何ら理由が示されていない。)に照らすと、被告らの右主張は採用することができない。

また、原告は、本件箱は物価資料に掲載されているC型中型の底面積一七〇インチ平方、高さ二五センチメートルの段ボール箱と形状が類似しているから、右段ボール箱の掲載価格に基づき本件箱の価格を積算すべきであると主張するが、前記(1)のとおり本件箱は本件完成品を収納するために作られたものであってやや特殊な形状をしており、〈証拠略〉において比較してもその形状が類似しているものとはいい難いから、原告の主張する物価資料の掲載価格を用いて本件箱の価格を積算することも相当でないといわざるを得ない。

(六) 諸経費

(1) 物価資料(〈証拠略〉)によれば、印刷業界において諸経費として計上されるものは、一般管理費、販売経費、利潤(利益)などから構成されること、印刷業界の中でも、一般印刷は印刷・加工代に諸経費率を乗じて諸経費を算出するのに対し、本件シールの印刷のようなフォーム印刷は印刷・加工代及び用紙代に諸経費率を乗じてこれを算出するとされていること、物価資料に掲載されているフォーム印刷の諸経費率は一〇ないし一五パーセント(一九八九年八月版及び同年一二月版)、一二パーセントないし一五パーセント(一九九〇年五月版及び同年六月版)、一三ないし一六パーセント(一九九一年四月版、同年六月版、一九九二年四月版及び同年八月版)であることが認められるところ、本件完成品の製造について、右諸経費率の最低率を超える諸経費を要したものと認めるに足りる証拠はないから、本件完成品の客観的価格を算定するについては、本件第一ないし第四契約についてそれぞれ一〇パーセント、本件第五ないし第九契約についてそれぞれ一二パーセント、本件第一〇ないし第一九契約についてそれぞれ一三パーセントを諸経費率とし、これを前記認定にかかる本件シール原反代、印刷作業代及び加工作業代の合計額に乗じた額を諸経費として積算するのが相当である。

(2) これに対し、被告らは、本件シールについては、多額の開発費用、販促費用を要したこと、製品に瑕疵があった場合などの負担が大きいこと等を理由に、右諸経費率のうちより高いものを適用すべきであると主張するが、本件シール原反の開発に一五億円くらいの開発費を要したとの主張が認められないことは前記認定のとおりであり、本件シールについて、通常の取引以上に開発費用及び販促費用を要したこと、製造工程におけるリスクが大きいこと等を認めるに足りる証拠はない。

(七) 運賃

被告らは、運賃を積算すべきであると主張し、物価資料(〈証拠略〉)では、フォーム印刷の料金算定項目として運賃が記載され、フォーム印刷料金についての具体的積算例においても、運賃が積算されていることが認められる。

しかし、本件第一見積書においては、運賃という項目がないこと(〈証拠略〉)、本件各契約では被告らにおいて本件完成品を社会保険庁が指定する場所に納入することとされていたこと(なお、民法四八五条本文参照。)のほか、原告が被告らが本件シールを納入したことにより利得したのは、本件完成品及び本件箱の客観的価値のみであるというべきであることからすると、右客観的価値を算定するについて、運賃をも積算することは相当でない。

したがって、被告らの右主張は採用しない。

(八) 以上によれば、原告の利得額は、別紙9〈略〉の(1)ないし(22)のとおり積算すべきであり、合計額(消費税分を除く。)はその各合計欄記載の額であると認められる。

六  争点5(本件課徴金納付による不当利得の消滅等)について

被告らは、公正取引委員会から本件談合を理由に課徴金を国庫に納付するよう命じる審決を受けて課徴金を納付し、その後右審決は確定しているから、右課徴金相当額の限度で被告らの不当利得は減少ないし消滅しているなどと主張する。

しかし、民法上の不当利得制度は、法律上の原因がないのに他人の財産又は労務により利益を受け、これによって他人に損失を及ぼした者に対し、公平の理念からその損失の範囲を限度として利得を返還させることにより、権利主体相互間の利害の調整を図ろうとする私法上の制度である(本件においては、前記のとおり、原告が被告らに対し無効な本件第一ないし第一六契約に基づき支払った各代金相当額の金員が被告らの不当利得として、これについて損失者である原告の私法上の債権が発生する。)のに対し、独占禁止法上の課徴金制度は、国が一定のカルテル行為による経済的利得をカルテルに参加した事業者からはく奪することによって、社会的公正を確保するとともに、違反行為の抑止を図り、カルテル禁止規定の実効性を確保するために設けられたものであって、課徴金の納付命令は、この目的を達成するために、公正取引委員会が同法の定める手続に従ってカルテルに参加した事業者に対して課す行政上の措置であり、その課徴金の額は、具体的なカルテル行為による現実の経済的利得とは切り離し、原則として売上額に一定の率を乗じるという画一的な方法により算定されるのであって(被告らが納付を命じられた課徴金の額も、当然ながら同法に定められた算定方法により算定されている。)、課徴金は、いわば右行政目的を達成するために刑罰にわたらない範囲で課される経済的な不利益であるということができる。したがって、両制度は、その要件・効果はもちろん、趣旨・目的も異なるものであり、本件においても、原告が被告らに対し返還を求めている不当利得金と本件課徴金とが実質的に重複する関係にあり、被告らに右不当利得金の返還を命ずることが、被告らに対し、同一の事実関係を原因として二重の経済的不利益を課することになるものといえないことは明らかであるから、被告らが課徴金納付命令に従い本件課徴金を国庫に納付したとしても、原告の被告らに対する不当利得返還請求権には何らの影響を及ぼさないというべきである。

なお、右のように、課徴金制度と民法上の不当利得制度とが両立し得るとしても、課徴金が実質的に制裁ないし刑罰の性格を有することになるものでないから、右のように解することが憲法三九条に違反し、同法二九条及び三一条の趣旨にもとるものでないことは明らかである。

よって、本件課徴金納付により被告らの不当利得が減少ないし消滅したものということはできず、この点に関する被告らの主張は採用できない。

七  原告の被告らに対する各不当利得返還請求権の額等

1  以上によれば、原告は、無効な本件第一ないし第一六契約に基づいて各被告らに対し各代金を支払った時(一覧表代金納付期限欄記載の日)に、同表支払金額欄記載の各代金相当額について各被告に対する各不当利得返還請求権を取得し、また被告らはいずれも株式会社であり悪意の受益者(民法七〇四条)であるから、各代金額から消費税分を減じた額(各代金額を一・〇三で除した額)に対する各代金支払日(同表代金納付期限欄記載の日)から各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による各利息請求権を取得したことになる。

また、被告らは、無効な本件各契約に基づいて原告に対しそれぞれ本件シールを納入した時(同表納入期限欄記載の日前後ころまで)に、その本件シール(同表枚数欄記載の枚数)について原告に対する各不当利得返還請求権を取得したことになる(ただ、原告はその後本件シールを返還することが不可能となったから、結局、被告らは、本件シールの客観的価格相当額(消費税分を含む。)である同表客観的価格欄記載の額の各金銭債権を取得したこととなる。)。

そして、原告は、被告らの従業員の競売入札妨害について公訴が提起されたことにより右不当利得について悪意の受益者になったものと認められるから(〈証拠略〉)、被告らは、原告に対し、平成四年に締結した本件第一六ないし第一九契約についての各不当利得返還請求権に対する右公訴提起日である平成四年一一月二五日(ただし、同日より後に納入された本件シールについては、その納入日)から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による利息請求権を取得したことになる(本件第一ないし第一五契約に関しては、原告は平成四年一一月二日ころから同月二五日ころの間に不当利得について悪意の受益者になったものと認められるが(〈証拠略〉)、これらの不当利得返還請求権については、後記のとおり相殺されたことにより利息は発生しない。)。

2  本件納入告知は、原告が支払った各代金相当額及びこれらに対する利息の合計額と、これに対応する本件シール(本件第一ないし第一五契約及び本件第一六契約のうち平成四年五月二五日納期分)の客観的価格との差額を請求するものであるから、原告の被告らに対する右各代金相当額の各不当利得返還請求権をそれぞれ自働債権とし、被告らの原告に対する右客観的価格相当額の各不当利得返還請求権をそれぞれ受働債権として対当額につきそれぞれ相殺する旨の意思表示であるということができ、これにより、これらの対立する各債権は、それぞれ相殺適状時である各代金支払日にさかのぼって対当額につき消滅したこととなる。したがって、これらの差額である一覧表相殺後の債権額欄記載の額について、原告の各不当利得返還請求権が消滅せずに残り、これらから消費税分を減じた額(これらを一・〇三で除した額)である同表利息算出基礎額欄記載の額に対する同表代金納付期限欄記載の各代金支払日から各支払済みまで年六分の割合による原告の利息請求権が発生していることとなる(ただし、前記争いのない事実等5(一)のとおり、原告は、このうち別紙2〈略〉内金目録2(1)ないし(3)各起算日欄記載の日から発生している利息を請求している。)。

3  他方、被告らの原告に対する本件第一六契約のうち平成四年七月二四日納期分及び本件第一七ないし第一九契約に基づき納入された本件シールの客観的価格相当の各不当利得返還請求権の額(消費税分を含む。)は一覧表客観的価格欄記載の額(すなわち別紙10〈略〉計算表客観的価格(消費税込)欄記載の額)であり、これらから消費税分を除いた額(すなわち同計算表客観的価格欄記載の額)に対する利息発生日から本件供託日である平成五年三月三〇日まで(すなわち同計算表利息発生日数欄記載の日数)の利息額はそれぞれ同計算表利息支払債務額欄記載の額であるところ、本件弁済の提供額及び本件供託額は、前記のとおり、被告大日本印刷について二億九六〇六万八四九八円、被告小林記録紙について一億五六四四万五五九三円、被告トッパン・フォームズについて五億七九九二万二〇四四円であるから、被告大日本印刷について七七八万二七九四円、被告小林記録紙について六〇八万五一六五円、被告トッパン・フォームズについて一六一四万九三九九円それぞれ不足していたこととなる。しかし、本件において原告の利得額及び不当利得に対する利息の起算日を正確に判断することは困難であるから、債務額に対する不足額の割合がわずかにすぎない本件弁済の提供及び本件供託は、いずれも信義則上有効なものと認められる。

したがって、原告の本件供託にかかる金員を、民法四九一条一項、四八九条に従い被告らに対する右各不当利得返還債務及びその各利息債務に充当すると、それぞれ同計算表残債務額欄記載の額の不当利得返還債務が残ることとなる(これらに対しては、後記のとおり相殺されたことにより利息は発生しない。)。

4  被告らの右各不当利得返還請求権は、原告の本件訴状における各相殺の意思表示(原告の被告らに対する以下の各利息請求権を自働債権とし、被告らの右各不当利得返還請求権をいずれも受働債権とする。)(前記争いのない事実等4(六))により、相殺適状時である各本件シール納入時にさかのぼって対当額につき消滅したこととなるから、結局、原告の被告大日本印刷に対する、原告が本件第三契約に基づき平成二年一月二二日に支払った代金についての不当利得返還請求権の利息請求権は平成四年三月二八日までに発生した分(ただし、同日発生した分については相殺後に四五四二円が残る。)が、原告の被告小林記録紙に対する、原告が本件第四契約に基づき支払った代金についての不当利得返還請求権の利息請求権は平成三年一二月一五日までに発生した分(ただし、同日発生した分については相殺後に五七八円が残る。)が、原告の被告トッパン・フォームズに対する、原告が本件第一、第二契約に基づき平成元年一〇月一九日、同年一一月三〇日及び平成二年一月二二日にそれぞれ支払った代金についての各不当利得返還請求権の各利息請求権はいずれも平成五年一月一五日までに発生した分(ただし、同日発生した分については相殺後に一九九六円が残る。)がそれぞれ消滅したこととなる。

八  以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告らに対する請求は主文の限度で理由があるからこれを認容し、原告のその余の請求及び被告らの各反訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条ただし書、六五条一項本文を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 一宮なほみ 村田渉 清藤健一)

別紙1ないし10〈略〉

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